K・K・K
「こんばんわ!」
息を切らしながらケンジは言った。
今朝は光を背負っていた、その娘の背中を、今度は後ろから見ている。

その娘は、ビクッとして後ろを振り返り、スクッとケンジに顔を向けた。

「・・・・・・・・。」
勇気を振り絞ってした挨拶に、返事はなかった。

二人の間に沈黙が流れる。



しばらくして、香は斜めにしていた体を正面に向け、ケンジに向かって、
丁寧に挨拶をした。

(ぁ、、、こんばんわ。)

声にはならなかったが、ケンジは、彼女が挨拶をしてくれたと感じた。


「ごめんね、いきなり声をかけちゃって・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・。」


「随分遅くまで、バイト頑張ってるんだね。」
ケンジは必死に香との会話を探していた。

香は、口元をクィッと上げて軽く頷いた。

ケンジもそれを見てホッとしたのか、
いままで女子に向けた事のない笑顔で、香を眺めた。

香もこの長身の男子が、こんな笑顔をする事があるのかと、マジマジとケンジの顔を見た。

「オレは、ケンジ! 佐伯 研司。ケンジって呼んでいいから。」

ケンジは自分が途中で何と言っているのか分からなくなった。しかし、頭がカァ~っとしているのだけは感じていた。
目の前にいる女子の顔をまともに見れていない自分がそこにはいた。
彼女の反応を見るのは怖かったが、恐る恐る顔をあげると、

「・・・・・(ケ、ン、ジ、?)・・・・。」
香の大きい目がさらに大きく見開いた。
香は口パクをして名前を呼んだ。


ケンジは、はっきりと香の口パクを読み取った。

「そう、ケンジ。」

二人の間に立ちはだかっていた夜の冷たい空気が、だんだんと温められていくのを、二人は確実に感じ取った。

互いに安心して、顔が緩むのを見た。

「暗くて危ないから、家まで送っていくよ!」
ケンジは自分でも何でこんな行動をとるのか、良くわからないまま、しかし香をこのまま帰したくない。もっと話がしたい。そんな風に思っていた。

(どうしよう。)
目の前の男子の申し出に少し警戒したが、香はその申し出を素直に受けることにした。

そしてもう一度礼をしてから、家の方向を指差した。
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