ライラックをあなたに…
数軒をはしごした後、道向こうの書店に向おうと踵を返した瞬間。
交差点の先にいる人物に視線が留まった。
グレーのコート姿の背のスラリとした男性。
………あの人だ。
隣りには緩く髪の巻かれた小柄な女性がいる。
しかも、仲良さそうに腕を組んでいる。
きっと、彼女が結婚相手の女性なのだろう。
もしかしたら、もう結婚して夫婦かもしれない。
私は大柄の男性の影に隠れるように彼らとすれ違った。
別に隠れる事も無いんだけど、視線すら合わせたくなくて……。
交差点を渡り切った私は振り返ってみた。
けれど、彼は私に気付く事なく、行き交う人々の中に消えて行った。
そんな彼らを見届けた私。
何故か、不思議にも安堵していた。
彼の姿を見たら、心が動揺するんじゃないかと思っていた。
隣りに女性がいたら、胸が苦しく締め付けられると思っていた。
だけど、実際は違った。
彼が幸せそうに微笑む姿を見て、安堵した。
一度は心から愛した人。
その人が幸せそうに暮らしているなら、私と別れた事にも意味があるように思えて。
しかも、それとは違う感情も湧き起こっている事に正直動揺している。
この感情を私は知ってる―――――。