ライラックをあなたに…
完全にパニックに陥った私は、以前一颯くんから話を聞いていた教授の名前を口にした。
彼が尊敬し、樹木医の道を目指すきっかけになったという人物。
一颯くんが南米にいる今、一颯くん以外で知っている名前は教授だけだった。
そう、ここは一颯くんが通っている大学院の校門前。
あの人が幸せそうに過ごしている姿を見て、無性に一颯くんに逢いたくなった。
あの人から受けた傷を癒してくれた……彼に。
けれど、海外にいる彼に逢う事なんて出来ないと思い、私は彼の足跡を辿るべく、大学院に来ていたのだ。
彼が通う大学。
彼が利用していた駅。
彼が通ったであろう通学路。
同じ景色を眺め、少しでも彼の存在を感じようと思っていただけ。
まさか、校門前で不審者扱いされるだなんて思ってもみなくて……。
動揺を隠せない私は、目の前の男性に深々お辞儀をし、来た道を戻ろうと踵を返すと。
「もしかして、本間君のご友人の方ですか?」
「へっ?」
突然、『本間君』という言葉が耳に届いた。
本間君って、一颯くんの事?
他にも本間という名の人がいるかもしれない。
私は伏し目がちにほんの少しだけ身体を男性の方へ向けた。
すると、私の視界にゆっくりとその男性の右手が差し出された。