鈴の栞
それから先生は本を整理する手を休め、ふと腕時計を見た。
「ああでも、この時間に来てないってことは……今日はもう手嶋くん、ここには来ないんじゃないかな」
「え?」
―――不覚にも。彼の口から出てきた言葉に、動揺してしまう自分がいて……そのことにまた、戸惑ってしまう。
そっか。今日は来ないんだ。
「残念そうだね、飯山さん」
「っ、」
顔を上げ、木村先生の顔を見る。そこにはいつもの優しい笑顔があって。でもそれは、何でもお見通し、というような大人の微笑みで。
「そんなこと……ないです、全然」
急に居心地が悪くなって、彼の目から逃げるように背を向ける。そのまま振り返らずに読書スペースへと向かった。
無人の八番テーブルに座り、例のごとく化学の問題集とペンケースを鞄から取り出す。シャーペンをカチカチと鳴らし、芯の長さを調節する。
いつも通りだ。普通。何も変わらない。……でもただ、
静かだな、って。
「………」
……何を考えているのだろう、私は。図書室なんだから、静かで然るべきだ。ここで会う度にベラベラと話しかけてくるあの男の方がおかしいのだ。
むしろいなくて清々する!