鈴の栞
雑念を頭の中から追い出し、化学の問題を片っ端から解いていく。そうしている内に平常心に戻り、手嶋先輩の不在なんてどうでもよくなった。
違和感だなんて、そんなものは幻想だ。有り得ない。だってこれが普通だもの。
「………」
ふと、ペンを動かす手が止まった。……こうして改めてひとりで過ごしてみると、何となく思う。私って、本当に“ひとり”なんだ。
クラスに話せる人がいないわけではない。顔見知りなら、それなりにいる。
でも、それだけだ。上辺だけの付き合い。形式的な会話。私はいつも、心のどこかで周囲と距離を置いていた。誰かの中に踏み込んだことなんてないし、逆に踏み込ませたこともない。
それが当たり前だった。どうしてなのかはわからないけれど、それが私のやり方だった。
下の名前で呼び合うほど仲の良い人なんて、ひとりもいない。そうしなければならない意義を見出だせなかったからだ。
そんな私を、彼は『ネコちゃん』と呼ぶ。あだ名なんて初めてつけられた。
勝手に自分のテリトリーを張り、侵入者には容赦なく爪を立てる野良猫のような、『ネコ』。家族以外には滅多に呼ばれたことのない私の下の名前『寧々』から、『ネコ』。