鈴の栞
初めて呼ばれた時は嫌悪感しか覚えなかったそれが、よくわからない内に当たり前になっていて。先月末に出会ったばかりの茶髪の男は、私が張ったテリトリーの壁を着実に打ち破っているのだ。
……そもそもこんなことを考えてしまう時点で、私も相当やられている。やっぱり変だ、最近の思考回路は。
塞いだ気分で解答を再開する。しかし思うように捗らない。……もう最悪だ。何なの一体。
このわけのわからない気持ちは、一体何なの。
「うわあ飯山さん、すごい顔してるね」
前方から聞こえた声にハッと顔を上げると、向かいの席に座った木村先生と目が合った。相変わらず、彼は穏やかな笑顔でこちらを見つめてくる。
「難しい問題を解いてるとこ、ごめんね。そろそろ閉めようと思うんだけど」
「あ、はい……今時間は、」
「六時半ジャスト」
「ええっ?!」
慌てて図書室の掛け時計を見る。針が指すのはやはり六時半。……閉館時刻を三十分もオーバーしてしまっている。
「いつの間に……すみません、すぐ出ます!」
「いいよ大丈夫、慌てないで」
全く気にしていない様子の先生は、それよりさ、と笑いながら、荷物をまとめる私の腕を掴んだ。