鈴の栞
電車に揺られること数分。先生に連れられて降りた駅は、初めて訪れる場所だった。いつもは反対方向へ行く電車に乗るから、この付近には全く縁がない。
すっかり日が落ちて真っ暗になった空が、町の明かりに照らされる。この辺りはまだ、それほど田舎ではないらしい。
だからといって、都会のような賑やかさもなく。程よく人が行き交い程よく閑静な、ほっとした気持ちになれる町だった。
「ここだよ、美味しい蕎麦屋」
駅を出て少し歩いた通りの一角にその店はあった。藍染めの暖簾には『蕎麦処すみれ』の文字。
戸を横に開き、「こんばんはー」と店内に入って行く先生の後に私も続いた。
「おお、いらっしゃい陽介くん。久しぶり」
そう言ってカウンター席の奥の厨房から顔を出したのは、割烹着を着た白髪混じりのおじさん。年齢からして、ここの店主のようだ。
木村先生は愛想よく笑って、私を二人掛けテーブルに座らせた。
「……ここにはよく来るんですか?」
「うーん、たまにね。ちょっと縁があって」
意味深に頷きながらメニューを開く先生に、なんだか既視感を覚える。……あれ、何だったっけ。