鈴の栞
 


「えっ、ネコちゃん?!」

 突然全力で逃げ出した私に戸惑う、手嶋先輩の声を背中に受けながら。とにかく全力で足を動かした。

 何でこのタイミング!何で今現れるんだ茶髪!

 心の中で罵倒しつつ、それを糧に精一杯腕を振る。
 鞄を持っているせいで、体勢が崩れる。ローファーを履いているせいでスピードが出ない。それでも逃げ切る何が何でも!

 今まで歩いてきた図書館と校舎を繋ぐ屋外通路の坂を走って上り切り、校舎に入る手前で左折、一直線に校門を目指す。この辺りまで来るとさすがにきつい。息が上がってきた。
 口で呼吸をしながら走っていると、あと少しで校門、というところで地面の凹凸に足が縺れ、前につんのめった。バランスを崩した私の腕が後ろから掴まれ、即座に引き寄せられる。

「う、わっ?!」
「……あっぶねー」

 掠れた声に振り向けば、すぐ側に手嶋先輩の顔。気付けば、私は彼の腕の中にいた。

「なんですかっ!追っかけてこないでくださ……」
「じゃあ何で逃げるの」

 ぎゅう、と背後から抱きしめられ、心臓が締め付けられるような気分になる。耳にかかる熱い息に思わず肩が跳ねた私を、先輩は笑った。


 
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