鈴の栞
五頁
どれくらいそうしていたのだろうか。私が泣いている間中ずっと、手嶋先輩は私を抱き寄せたまま背中を摩ってくれて。
私の涙が引いて呼吸が整ってくると、どちらからともなく自然と身体が離れていた。
「ネコちゃん、落ち着いた?」
「………ん、」
俯いたまま頷いてみせると、先輩の手がぽんぽんと私の頭を叩く。その掌の感触に、不思議と安心する。
「なーんか情緒不安定だね。どしたの?」
「……私、先輩のこと何も知らない」
「え?」
「先輩は私のこと知ってても、私は先輩のこと全然知らない」
出会ってから数週間。図書室でしか顔を合わせる機会がなかったが、それでもこれだけの時間が経過した。
私は何も知らない。いつも斜め向かいにいた彼のことを、何ひとつ。今まで受験のことは何度か話題に上がったことがあるのに、彼に進学の意思がないということすら知らなかった。
知らないでいることを、初めてもどかしく思った。
「んー、そう?じゃあ俺のフルネームは」
「………てしまあきと」
「知ってんじゃん」
「―――違うそういうことじゃない!」
再び噛み付いた私に、冗談冗談、と笑う手嶋先輩。……私は真面目に話してるのに。