鈴の栞
「あ……昨日のネコちゃんだ」
私の姿を確認するなり、茶髪の手嶋先輩はそんなことを言い出した。にこりと穏やかに微笑み、組んだ腕の上に顎を乗せる。
「ごめんね、また俺が席取っちゃった」
「……謝るくらいなら譲ってください」
「イヤ。ここ俺の特等席だし」
そう言って意地悪く笑ったかと思えば、そのまままた腕の中に顔を戻そうとする。
今日もずっと寝てるつもりかな、と思いながら見つめていると、不意に顔を上げた先輩と目が合った。
「なに、なんか用?」
「いえ……別に」
「ふーん」
覗き込んでくるような彼から目を逸らし、鞄の中から問題集と筆記用具を取り出す。付箋のページを開いてシャーペンを手に持つと、目の前の顔がニヤリと笑った。
「……なんですか」
「んー別に。化学好きだね、ネコちゃん」
「苦手だからやってるんです。……あとその『ネコちゃん』って何なんですか」
「『縄張り作る猫』みたいだから、ネコちゃん。キミのこと。可愛いっしょ?」
「………」
「あれ、嫌だった?」
……なんだ。『縄張り作る猫』から、『ネコちゃん』か。てっきり私の名前をおちょくってるのかと思った。
私がそっと息を吐くと、手嶋先輩は眉を寄せてみせる。