。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅳ・*・。。*・。
以来、鴇田とはこの宿に来ていない。
そしてこの日のことを話題にすることもなかった。
ただ、語り合いたかっただけだ。
昔のように―――酒を飲みながら、何でもない日常の会話を、兄貴のように父親のように常に傍に居てくれたあいつと。
正直……
鴇田がそこまで百合香のことを考えているとは思っていなかった。
どちらかと言うと二人ともそっけない感じがしたし。
まぁ一方的に百合香が鴇田を避けているようではあったが。
あれは―――…何年前だったか…
朔羅が生まれる前だから、もう十六年は経っているか…
俺がまだ小学生のときだ。
『琢磨さん!またあなたは宿題をサボって遊びに出かけましたね!』
この頃…俺は鴇田のことが嫌いだった。
子供が嫌う理由だからな。
鬱陶しいとか、すぐ怒る、とか簡単なものだ。
『やべ!翔に見つかった!』
『宿題をやってから遊びに行ってください!』
俺が庭の桜の木をよじ上って塀伝いに逃げ出そうとしているのを、鴇田に見つかって引きずり下ろされそうになっているときだった。
『琢磨…!何をやっているの!危ないわ!』
歳の離れた美しい……血の繋がらない大人の女に―――
この頃俺は淡い恋心を抱いていた。
百合香は、極道のお嬢だと言うのに、木登りぐらいでも顔を青くする―――深窓のお嬢だった。
俺は一瞬気を緩め、同時にその声に鴇田も驚いたのだろう。
二人して無様に地面に転がった。
『まぁ!だから言ったのに。怪我は?』
百合香が慌てて俺の腕を掴む。
僅かにすりむいただけで大怪我と言うほどでもない。
その頃は―――女と言う生き物を妙に意識して、心配されるのが恥ずかしくもあった年頃だ。
俺は『ふん』と鼻息を吐き、
『大丈夫だ』と強がってみせた。
『宿題がイヤで逃げ出したようです。お嬢、琢磨さんは俺が見張ってますのでご心配なく』
鴇田はいつもと同じ冷静に返して
『翔――――
あなたも怪我を―――』
百合香は俺が落下した際、俺を支えようとして生垣の枝でついた頬の小さな切り傷に触れようとしたが
その手を寸でのところで止めた。