。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅳ・*・。。*・。
「落ち着いてください。私はご存知かどうか聞いているだけです」
マネージャーの剣幕にも動揺することなく、ぴくりとも眉を動かさずあの鋭い光を湛えた両眼はひたとあたしを見据えている。
「you!あなた関係してないわよね。だってあの日はCM撮りがあったしね」
マネージャーがあたしに駆け寄ってきて、肩に手を置く。
さすがにメイクさんも異様な雰囲気を察してヘアアイロンのスイッチを切ると、あたしから離れた。
「CM?何の?」
またも聞かれて
「お菓子の……この秋発売予定のチョコのCMです」
今度はあたしが答えた。
「一日中?夜中まで?」
「……はい。何かCM撮りの監督が…絵コンテで上がってきたのが真夜中のマンションの一室で若い女がチョコを口にするシーンだから…って」
妙に説明くさくなったが、全部を説明するとこうなった。
あのCMはこだわりの強い監督が、窓の外の夜景をリアルに映したい。と言いだしてそれに付き合わされて真夜中まで撮影が押したから良く覚えている。
「なるほど。裏を取ります。
朝方まで撮影なんて女優さんてのも大変な職業ですね。
そのCMが流れるのを楽しみにしてますよ。私も是非一つ食べてみようかな」
刑事は手帳か何かにペンで書き込んで、どこか人懐っこい笑顔をあたしに向けてきて一瞬だけ気が緩んだ。
そこでようやく刑事のことをまじまじと観察する余裕も出てきた。
細くて長いきれいな左手の薬指にきらりと光るリング。
既婚者―――か。
まぁいい男ってのは結婚してるわよね。
「奥さんにプレゼント?だったらチョコより薔薇の方がいいわよ?」
からかうように言ってやると、刑事は一瞬だけ切れ長の目を開き、けれど次の瞬間これまたスマートな仕草で肩をすくめた。
「生憎だが妻はチョコレートにも薔薇にも興味がないんでね。
正直私も甘いものが好きじゃないので、CMを見ても惹かれないのだが、
不思議なものですね。
需要があれば供給がある。
新しいチョコが出れば、それを手にとって口に入れたいと望む者もいる」
刑事はその細い指を唇に当て、うっすら笑って口を僅かに開く。
チョコを食べるジェスチャーでもしているのだろう。
些細な動作なのに、この動きが―――
やけに色っぽく見えた。
刑事の開いた口から赤い舌がちらりと見える。
ただの世間話なのに、どこか含みのある物言いにまたも取り返した余裕が遠のく。
刑事は色っぽい唇に指を当てたまま内緒話をするかのように小声で
「〝殺し”もまたしかり。
殺したいと望む者が居れば、それを請け負う人間もいる。
需要と供給ですよ。
そう思いません?」
薄い唇の端を僅かに吊り上げて意味深に笑う刑事。
ドキリ
またも心臓が強く鳴った。