。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅳ・*・。。*・。
梅雨入り前だと言うのに―――
随分蒸し暑いその夜、私はスーツの上着まできっちり着て指定された東京クレセントホテルに向かった。
Tが仕事の取引に必ず女を使うことは分かっていた。女は毎回違ってその時々服装やメイク、髪の特徴を指定される。
同じように私も必ず胸に赤いバラを刺している。それが互いの目印だった。
そのホテルは都内でも高級ホテルと呼ばれる立派なホテルで地上40階にあるスカイラウンジから眺める景色は見ものだ。私のマンションから眺める景色と別物に見える。
私はラウンジを見渡し、赤いドレスの女が居ないかどうか視線を巡らせた。
しかし女は居ない。
「ウォッカ」
仕方なしにバーカウンターで女を待つことに決めた。
ストレートで二杯を空にしたところで、予定の3時を超えた。
空振りか、珍しいことだったが向こうも用心しているのだろう。危険と判断したのだ、と諦めて席を立ち上がり会計を済ませたところで
「いらっしゃいませ」と店員の一人が店に入ってくる客に挨拶をした。
入ってきたのは胸元が大きく開いたワンピースを大胆に着こなしている若い女で―――大き目に巻いたカールが肩先でふんわり揺れている。
唇にワンピースと同じ色合いの真っ赤な口紅を引いていた。
美人だった。
女は店員に案内されながらカウンターに向かってくる。けれど私は会計を済ませた後。
何食わぬ顔でラウンジを後にしようと、女とすれ違った。
ほんの一瞬―――
すれ違うときに手が触れた。