マユツバ
3
無表情で正面に立たれ、浮かべていた苦悩を引き下げるしかなくなる青龍。周りの炎を束ねるとそれは青い刀となり、握り締める音などここからじゃ聞こえないはずなのに、ぎゅ、わたしの胸が締め付けられた。
「覚えてるか? この刀――青龍刀。この刀はオレを貫き、母の腹をかっさいた」
「それで私を討つと?」
「青龍刀はもはや我らに仇なす刀と成り下がった。だから貴様を討った後、手放すつもりだ」
一瞬、青龍はわたしを見た気がした。
「九尾が授けた刀を放棄する、その意味を分かっていて言っているのか?」
「オレは貴様と違う! オレは九尾の下僕になどならない!」
身長の半分くらいはある柄を器用に扱い、矛先はイズナ。青龍や彼の母親を傷付けたと言う青い刀は、荒々しさより深い悲しみを帯びている。青龍はそんな悲しみを振り払うよう大きく振り被り、一気に落とす。
「イズナ!」
見ていられなくて布団から飛び出す。と、イズナは攻撃を避ける為、飛び上がっていた。
「わぁ……」
イズナの無事を仰ぎながら、わたしは広がる青い世界の美しさに驚いてしまう。空の青さじゃなく、これは深海の青さ。太陽の光すら受け付けない潔癖と孤独が混じり合った色。
深海の映像は前にテレビで観た事があった。失礼な話でイズナは独特の進化をとげた深海魚とわたしが似ていると言ったんだ。
「ねぇ、これはイズナの術なの?」
その場でジャンプしてみる。ここはまるで水中、強烈な浮力が発生している。二人は滑らかに動き、炎まで出していたから分からなかった。
「なんかお風呂に入ってるみたいー。気持ちいいかも」
ついでに両手、両足も放り出す。それでもお尻は地面に付かず、浮く。
「マユ様!」
そのまま、うっとり目を瞑ろうとしたら強い力で引き戻された。
「眠るなら布団で。ここで寝たりしたら、いけません」
「あ、ごめん。なんか急に眠くなっちゃって」
目蓋を擦ると、くっつきそうになる。
「それが青龍の力ですよ! 裏切り者は都合の良い夢を見せ、都合の悪い事は忘れさせる。マユ様、騙されないで? さぁ! こちらへ!」
割って入ってくるのは刀。イズナはわたしを抱きかかえ、攻撃から距離を取る。足手まといになってはいけないと思いつつ、足に力が入らない。申し訳なくなりシャツの裾を引っ張るとイズナは髪を撫でてくれた。
大丈夫です。傷だらけの指から、そう伝わってくる。眠気も手伝って、わたしはイズナの胸元に頬擦り。いい匂い。イズナからは懐かしい匂いがする。
「マユ様、そんな裏切り者の手などお離し下さい!」
青龍の言葉には首を振った。
「……マユ様、どうして?」
彼があまりにも嘆くので顔を上げてみる。青龍は少し離れた場所からわたしを不満気に伺う。あぁ、こういう感覚って何て言ったっけ――確か、デジャビュ。
「青龍? あなたは……」
「マユ様! ここは私に任せて結界へ。いいですか? もう出てはいけませ――」
「オレだって、オレだってマユ様を守りたいのに!」
青龍は叫びでイズナの語尾を消すと、地面へ刀を突き刺した。それと同時に辺りが揺れ始め、わたしはますます立っていられなくなりイズナにしがみつく。
青龍はそんなわたし達を見ては、刀を何度も突き刺す。そのうち彼は青い煙に巻かれ、姿が見えなくなってしまう。
「いけない、術が解けるか」
「じ、地震?」
「マユ様、伏せて!」
押し込まれるはずだった布団が、目の前で亀裂に飲み込まれていった。青い天井もどんどん落ちてきて、気付けばイズナが盾になっている。
ガラガラ音をたて世界は崩れていく。また欠けた部分から見覚えのある風景が覗き、青龍以外の四方のキツネの姿が見える。
「イ、イズナ! あれって」
「大丈夫。術が解け、元に戻るだけです」
無表情で降り注ぐ欠片達を払う、イズナ。どうやら音が大袈裟なだけで怪我をする程ではないらしい。
「それより、マユ様」
「え?」
突然、イズナがわたしを押し倒し、手足で囲う。
「この体勢の方が守りやすいので」
破片を背中で受け止めるのだと説明され、納得。突っ張ねようとしていた手を誤魔化す。
「じゃ、じゃんけんでもする?」
「しません」
「な、な、何よ! 別に緊張なんてしてないわよ? ただ、ちょっと近過ぎないかなって」
「確かに。近いですね」
その時、大きな欠片がイズナを直撃した。流石のイズナも小さく呻き、片方の腕を曲げる。
曲げた事により、もっと近くなる。身長差から見下ろされる事は日常だし、からかわれたりもする。けれど、息遣いまで感じたら意識せざる得ない。
「あぁ、もっと近くなりましたね」
「イ、イズナ。やっぱり、じゃんけんを……」
「こうして壊れる世界が作り物じゃなかったら良かったのに」
頬を撫でる指が、ふいに唇を掠めた。イズナの無表情なんて見慣れているくせ、妙に戸惑ってしまう。もう一回、唇を掠められたら、雰囲気に飲まれちゃう。けれど、わたしの泳ぐ視線と思考にイズナは決して溺れない。
「じゃんけん――」
「は?」
「ぽん」で、イズナはチョキ、わたしはパー。勝者のイズナにはデコピンの権利が与えられ、軽快に弾かれた。
「な、な、な、なに?」
「あれ、痛くなかったですか?」
「い、いや、凄く痛いんですけど」
額を撫でる手を取り、イズナは赤くなっているのを確認する。一方、わたしは頬が赤いのを指摘されたくなくて横を向く。
「よし、赤くなってますね! では、その赤みが完全に引くまで、お別れです」
「え?」
視界の隅でイズナが眼鏡の縁に触れたら、彼は弾けて青い粉になってしまった。
「は、はぁ?」
わたしが勢い良く起き上がると青の世界は完全に消滅し、四方のキツネ等に囲まれた現実へと戻される。
「覚えてるか? この刀――青龍刀。この刀はオレを貫き、母の腹をかっさいた」
「それで私を討つと?」
「青龍刀はもはや我らに仇なす刀と成り下がった。だから貴様を討った後、手放すつもりだ」
一瞬、青龍はわたしを見た気がした。
「九尾が授けた刀を放棄する、その意味を分かっていて言っているのか?」
「オレは貴様と違う! オレは九尾の下僕になどならない!」
身長の半分くらいはある柄を器用に扱い、矛先はイズナ。青龍や彼の母親を傷付けたと言う青い刀は、荒々しさより深い悲しみを帯びている。青龍はそんな悲しみを振り払うよう大きく振り被り、一気に落とす。
「イズナ!」
見ていられなくて布団から飛び出す。と、イズナは攻撃を避ける為、飛び上がっていた。
「わぁ……」
イズナの無事を仰ぎながら、わたしは広がる青い世界の美しさに驚いてしまう。空の青さじゃなく、これは深海の青さ。太陽の光すら受け付けない潔癖と孤独が混じり合った色。
深海の映像は前にテレビで観た事があった。失礼な話でイズナは独特の進化をとげた深海魚とわたしが似ていると言ったんだ。
「ねぇ、これはイズナの術なの?」
その場でジャンプしてみる。ここはまるで水中、強烈な浮力が発生している。二人は滑らかに動き、炎まで出していたから分からなかった。
「なんかお風呂に入ってるみたいー。気持ちいいかも」
ついでに両手、両足も放り出す。それでもお尻は地面に付かず、浮く。
「マユ様!」
そのまま、うっとり目を瞑ろうとしたら強い力で引き戻された。
「眠るなら布団で。ここで寝たりしたら、いけません」
「あ、ごめん。なんか急に眠くなっちゃって」
目蓋を擦ると、くっつきそうになる。
「それが青龍の力ですよ! 裏切り者は都合の良い夢を見せ、都合の悪い事は忘れさせる。マユ様、騙されないで? さぁ! こちらへ!」
割って入ってくるのは刀。イズナはわたしを抱きかかえ、攻撃から距離を取る。足手まといになってはいけないと思いつつ、足に力が入らない。申し訳なくなりシャツの裾を引っ張るとイズナは髪を撫でてくれた。
大丈夫です。傷だらけの指から、そう伝わってくる。眠気も手伝って、わたしはイズナの胸元に頬擦り。いい匂い。イズナからは懐かしい匂いがする。
「マユ様、そんな裏切り者の手などお離し下さい!」
青龍の言葉には首を振った。
「……マユ様、どうして?」
彼があまりにも嘆くので顔を上げてみる。青龍は少し離れた場所からわたしを不満気に伺う。あぁ、こういう感覚って何て言ったっけ――確か、デジャビュ。
「青龍? あなたは……」
「マユ様! ここは私に任せて結界へ。いいですか? もう出てはいけませ――」
「オレだって、オレだってマユ様を守りたいのに!」
青龍は叫びでイズナの語尾を消すと、地面へ刀を突き刺した。それと同時に辺りが揺れ始め、わたしはますます立っていられなくなりイズナにしがみつく。
青龍はそんなわたし達を見ては、刀を何度も突き刺す。そのうち彼は青い煙に巻かれ、姿が見えなくなってしまう。
「いけない、術が解けるか」
「じ、地震?」
「マユ様、伏せて!」
押し込まれるはずだった布団が、目の前で亀裂に飲み込まれていった。青い天井もどんどん落ちてきて、気付けばイズナが盾になっている。
ガラガラ音をたて世界は崩れていく。また欠けた部分から見覚えのある風景が覗き、青龍以外の四方のキツネの姿が見える。
「イ、イズナ! あれって」
「大丈夫。術が解け、元に戻るだけです」
無表情で降り注ぐ欠片達を払う、イズナ。どうやら音が大袈裟なだけで怪我をする程ではないらしい。
「それより、マユ様」
「え?」
突然、イズナがわたしを押し倒し、手足で囲う。
「この体勢の方が守りやすいので」
破片を背中で受け止めるのだと説明され、納得。突っ張ねようとしていた手を誤魔化す。
「じゃ、じゃんけんでもする?」
「しません」
「な、な、何よ! 別に緊張なんてしてないわよ? ただ、ちょっと近過ぎないかなって」
「確かに。近いですね」
その時、大きな欠片がイズナを直撃した。流石のイズナも小さく呻き、片方の腕を曲げる。
曲げた事により、もっと近くなる。身長差から見下ろされる事は日常だし、からかわれたりもする。けれど、息遣いまで感じたら意識せざる得ない。
「あぁ、もっと近くなりましたね」
「イ、イズナ。やっぱり、じゃんけんを……」
「こうして壊れる世界が作り物じゃなかったら良かったのに」
頬を撫でる指が、ふいに唇を掠めた。イズナの無表情なんて見慣れているくせ、妙に戸惑ってしまう。もう一回、唇を掠められたら、雰囲気に飲まれちゃう。けれど、わたしの泳ぐ視線と思考にイズナは決して溺れない。
「じゃんけん――」
「は?」
「ぽん」で、イズナはチョキ、わたしはパー。勝者のイズナにはデコピンの権利が与えられ、軽快に弾かれた。
「な、な、な、なに?」
「あれ、痛くなかったですか?」
「い、いや、凄く痛いんですけど」
額を撫でる手を取り、イズナは赤くなっているのを確認する。一方、わたしは頬が赤いのを指摘されたくなくて横を向く。
「よし、赤くなってますね! では、その赤みが完全に引くまで、お別れです」
「え?」
視界の隅でイズナが眼鏡の縁に触れたら、彼は弾けて青い粉になってしまった。
「は、はぁ?」
わたしが勢い良く起き上がると青の世界は完全に消滅し、四方のキツネ等に囲まれた現実へと戻される。