マユツバ
3
嫌いと告げた唇はそれ以上を語らなかった。何事も無かった様に立ち去ろうとし、葛の葉に止められる。
「今の言葉は聞き捨てならないね!」
「葛の葉、いい加減に認めろ。いつまでも九尾の時代ではない」
「お園!」
制止を無視され、葛の葉がお園の頬を思い切り打つ。
「北が妖力より知力を重宝していると言っても、姫様の御加護があってこそじゃない? あんた、そんな事も忘れちまったのかい?」
背伸びし、お園の両頬を覆う。お園は項垂れるみたいな頷きで返し、それは納得したと言う意味じゃ無い。うんざりだと示しているんだ。わたしには分かる。あぁやって頬を覆うのイズナもよくしたもの。
「忘れるはずない――忘れられるものか!」
声のボリュームを上げ、わたしを睨む。
「九尾が言うまま晴明は魂の一部を捧げちまったんだよ! 晴明は純粋に北を守りたかっただけで、玄武の役目などに興味は無かったのに!」
お園はわたしの中に九尾のキツネを見ているのだろうか。四方等はキツネ以外の部分ばかり指摘するのに。睨まれながらも不思議な気持ちになってしまう。で、曖昧な笑みがお園の怒りを煽ったのだ。
「そうやって可愛く笑ってやり過ごせたら、さぞかし幸せだろうな」
「お園!」
「うるさい! 八つ当たりだと分かってる! 私は笑う暇すら与えられず、鴉と争わなければいけない、そう思ったら彼女が羨ましくて」
羨ましい。なんて言えるお園はわたしよりずっと素直だ。お園の代わりに葛の葉に手を合わせられ、かぶりを振っておく。きっと、お園の鎧の下は傷だらけに違いない。見える傷だけじゃない、見えない傷もあるんだ。
わたしを可愛いと言ってくれるけど、お園の方がよっぽど女性らしい。明らかな玄武への好意が現状を作っていると察すれば、冷たくされるのも仕方ないって思えてしまう。
わたしはそんなお園に嫌われたくない。
「お園さんはカラクリ部隊の隊長さんなんですよね?」
「は? なんだ、いきなり? そうだ、私が隊長だ」
「わたし、強くならなきゃいけないんです! さっき、葛の葉さんが北では妖力が優先されないって言ってましたけど、その他に強くなれる方法があるって事ですか? お園さん、わたしに強くなる知恵を貸してくれませんか?」
自らお園の前に立ち、頭を下げた。カラクリ部隊がどんなものか知らないけれど、腰につけた武器は飾りじゃないはず。
「マユ様、いけません! 九尾が頭を下げるなんて」
「わたしは九尾のキツネじゃない! お祖母ちゃんが九尾よ!」
葛の葉の声を掻き消す。葛の葉はわたしの意思に肩を竦める。
「まさか、お園みたいに剣や斧を振り回したいだなんて」
「斧?」
額に手をあて、嘆くポーズをしたものの口元が弛んでいる葛の葉。ふらふらと目眩の振りし、お園へ寄り掛かった。しなだれる葛の葉と凛々しいお園が並ぶと絵になる。
「なんだ、葛の葉?」
「いやね、あたしも思う訳さ。護られるだけのお姫様は退屈だって」
揃ってわたしを見てくる。
「しかし玄武様が許さないだろう? 流石に玄武様とて、妻に斧を振り回させるほど自由じゃない」
「やだねぇ。自分の身は自分で守る、が北の女じゃないか」
「だが――」
わたしを置いた会話がふいに途切れ、葛の葉が胸元から扇子を出す。
「立ち聞きならぬ、埋もれ聞きとはいい趣味をしてるね」
ぱっと広げて顔半分を隠す。葛の葉の目は全く笑っていない。すると華の中から鎧が二体飛び出してきた。
「すまないな、乙女達の密談はとても興味深いもので、ついつい聞き入ってしまった」
「これこれ、乙女とは何処に居る? 俺にはお園君と亀、後は――半妖しか見えぬぞ」
わたしから彼等の姿は認識出来ないが、意地悪を言う表情は見える。
わたしの事はともかく、葛の葉やお園を悪く言われるのは腹が立ち、正面を向こうとしたら足を取られた。
「マユ様、よく転ぶねぇ」
葛の葉に引き上げて貰う。
「坊っちゃんに尾も作って貰おうか? 尾で姿勢を調整したらいい」
「これ葛の葉殿、玄武様に妙なカラクリを作られませぬ様! 先日も鴉を撃ち落とすカラクリをお願いしておりましたのに、自転車を制作するのが先だと仰られたのだぞ!」
そういえば自転車はどうしたのだろう。きょろきょろ伺い――見付ける。
「マユユ! 僕は尾が邪魔でこれを操作出来ないんだ。マユユが乗らなきゃ駄目!」
玄武の登場に、わたしと葛の葉以外が片膝を付く。
「これは玄武様、どうぞ屋敷でお待ちくださいと申し上げたのに」
「撃退の玉が弾けたのが聞こえた。お園」
「は、玄武様。先ほど鴉が境界を越えてきましたので」
「殺したの? 追い払うでなく? 転移の玉を使わなかったんだ?」
「はい」
ぴたり、自転車はわたしの前で止まる。玄武に息の上がった様子は無く、逆に息が詰まった表情で鎧等を見下ろす。
「玄武様。姫様の力が弱まった今、迷われてる場合ではありません」
お園が玄武の足下を見詰めながら続ける。
「攻められる前に攻めるのです。戦には九尾の許可が必要ではありますが、マユ様がいらっしゃいますので」
「お園くん! 何故、玄武様が半妖から許しを得なければならない?」
「そうだ! 半妖が九尾の名代であるとは笑わせる!」
葛の葉が大きな溜息をつく。
「あんた達、戦をしたくてうずうずしてたんだろう? それに玄武の坊っちゃんに嫁も来て欲しかったはず。マユ様はその二つの願いを叶えてくれる、うってつけな方じゃないのかい?」
「――葛の葉、何を企んでる?」
お園が顔を上げ、鋭い目で探る。葛の葉はその刺さりそうな視線を扇子で払い、そらす。
「あら、やだね。企んでなどないさ。あたしはお園がマユ様を鍛えてくれりゃあいい。そうだねぇ、初陣は鴉に占拠されている滝にしようか」
「ば、馬鹿を言うな! 玄武様! 葛の葉を――」
口論の最中、玄武は寝ている。しかも立ったまま。
「とにかく屋敷に一度帰りましょ」
葛の葉はまず、わたしの手を取る。そして囁く。
「マユ様、悪いようには致しません。あたしの言う通りにして下さいな」
いいですか、と念を押すと――こう言ったんだ。
「屋敷に帰ったら、玄武の坊っちゃんと寝室を共になさって」
「今の言葉は聞き捨てならないね!」
「葛の葉、いい加減に認めろ。いつまでも九尾の時代ではない」
「お園!」
制止を無視され、葛の葉がお園の頬を思い切り打つ。
「北が妖力より知力を重宝していると言っても、姫様の御加護があってこそじゃない? あんた、そんな事も忘れちまったのかい?」
背伸びし、お園の両頬を覆う。お園は項垂れるみたいな頷きで返し、それは納得したと言う意味じゃ無い。うんざりだと示しているんだ。わたしには分かる。あぁやって頬を覆うのイズナもよくしたもの。
「忘れるはずない――忘れられるものか!」
声のボリュームを上げ、わたしを睨む。
「九尾が言うまま晴明は魂の一部を捧げちまったんだよ! 晴明は純粋に北を守りたかっただけで、玄武の役目などに興味は無かったのに!」
お園はわたしの中に九尾のキツネを見ているのだろうか。四方等はキツネ以外の部分ばかり指摘するのに。睨まれながらも不思議な気持ちになってしまう。で、曖昧な笑みがお園の怒りを煽ったのだ。
「そうやって可愛く笑ってやり過ごせたら、さぞかし幸せだろうな」
「お園!」
「うるさい! 八つ当たりだと分かってる! 私は笑う暇すら与えられず、鴉と争わなければいけない、そう思ったら彼女が羨ましくて」
羨ましい。なんて言えるお園はわたしよりずっと素直だ。お園の代わりに葛の葉に手を合わせられ、かぶりを振っておく。きっと、お園の鎧の下は傷だらけに違いない。見える傷だけじゃない、見えない傷もあるんだ。
わたしを可愛いと言ってくれるけど、お園の方がよっぽど女性らしい。明らかな玄武への好意が現状を作っていると察すれば、冷たくされるのも仕方ないって思えてしまう。
わたしはそんなお園に嫌われたくない。
「お園さんはカラクリ部隊の隊長さんなんですよね?」
「は? なんだ、いきなり? そうだ、私が隊長だ」
「わたし、強くならなきゃいけないんです! さっき、葛の葉さんが北では妖力が優先されないって言ってましたけど、その他に強くなれる方法があるって事ですか? お園さん、わたしに強くなる知恵を貸してくれませんか?」
自らお園の前に立ち、頭を下げた。カラクリ部隊がどんなものか知らないけれど、腰につけた武器は飾りじゃないはず。
「マユ様、いけません! 九尾が頭を下げるなんて」
「わたしは九尾のキツネじゃない! お祖母ちゃんが九尾よ!」
葛の葉の声を掻き消す。葛の葉はわたしの意思に肩を竦める。
「まさか、お園みたいに剣や斧を振り回したいだなんて」
「斧?」
額に手をあて、嘆くポーズをしたものの口元が弛んでいる葛の葉。ふらふらと目眩の振りし、お園へ寄り掛かった。しなだれる葛の葉と凛々しいお園が並ぶと絵になる。
「なんだ、葛の葉?」
「いやね、あたしも思う訳さ。護られるだけのお姫様は退屈だって」
揃ってわたしを見てくる。
「しかし玄武様が許さないだろう? 流石に玄武様とて、妻に斧を振り回させるほど自由じゃない」
「やだねぇ。自分の身は自分で守る、が北の女じゃないか」
「だが――」
わたしを置いた会話がふいに途切れ、葛の葉が胸元から扇子を出す。
「立ち聞きならぬ、埋もれ聞きとはいい趣味をしてるね」
ぱっと広げて顔半分を隠す。葛の葉の目は全く笑っていない。すると華の中から鎧が二体飛び出してきた。
「すまないな、乙女達の密談はとても興味深いもので、ついつい聞き入ってしまった」
「これこれ、乙女とは何処に居る? 俺にはお園君と亀、後は――半妖しか見えぬぞ」
わたしから彼等の姿は認識出来ないが、意地悪を言う表情は見える。
わたしの事はともかく、葛の葉やお園を悪く言われるのは腹が立ち、正面を向こうとしたら足を取られた。
「マユ様、よく転ぶねぇ」
葛の葉に引き上げて貰う。
「坊っちゃんに尾も作って貰おうか? 尾で姿勢を調整したらいい」
「これ葛の葉殿、玄武様に妙なカラクリを作られませぬ様! 先日も鴉を撃ち落とすカラクリをお願いしておりましたのに、自転車を制作するのが先だと仰られたのだぞ!」
そういえば自転車はどうしたのだろう。きょろきょろ伺い――見付ける。
「マユユ! 僕は尾が邪魔でこれを操作出来ないんだ。マユユが乗らなきゃ駄目!」
玄武の登場に、わたしと葛の葉以外が片膝を付く。
「これは玄武様、どうぞ屋敷でお待ちくださいと申し上げたのに」
「撃退の玉が弾けたのが聞こえた。お園」
「は、玄武様。先ほど鴉が境界を越えてきましたので」
「殺したの? 追い払うでなく? 転移の玉を使わなかったんだ?」
「はい」
ぴたり、自転車はわたしの前で止まる。玄武に息の上がった様子は無く、逆に息が詰まった表情で鎧等を見下ろす。
「玄武様。姫様の力が弱まった今、迷われてる場合ではありません」
お園が玄武の足下を見詰めながら続ける。
「攻められる前に攻めるのです。戦には九尾の許可が必要ではありますが、マユ様がいらっしゃいますので」
「お園くん! 何故、玄武様が半妖から許しを得なければならない?」
「そうだ! 半妖が九尾の名代であるとは笑わせる!」
葛の葉が大きな溜息をつく。
「あんた達、戦をしたくてうずうずしてたんだろう? それに玄武の坊っちゃんに嫁も来て欲しかったはず。マユ様はその二つの願いを叶えてくれる、うってつけな方じゃないのかい?」
「――葛の葉、何を企んでる?」
お園が顔を上げ、鋭い目で探る。葛の葉はその刺さりそうな視線を扇子で払い、そらす。
「あら、やだね。企んでなどないさ。あたしはお園がマユ様を鍛えてくれりゃあいい。そうだねぇ、初陣は鴉に占拠されている滝にしようか」
「ば、馬鹿を言うな! 玄武様! 葛の葉を――」
口論の最中、玄武は寝ている。しかも立ったまま。
「とにかく屋敷に一度帰りましょ」
葛の葉はまず、わたしの手を取る。そして囁く。
「マユ様、悪いようには致しません。あたしの言う通りにして下さいな」
いいですか、と念を押すと――こう言ったんだ。
「屋敷に帰ったら、玄武の坊っちゃんと寝室を共になさって」