マユツバ

 九尾のキツネには膝まずく男が良く似合う。
  男達はみんな着物の裾でもいいから口付けしたくみて 、九尾に乞う。
 けれど九尾はつれなくて。
 赤い着物は情炎。どうせ焼かれるなら狂おしく。

 どうやらまた夢を見ている。玄武の寝顔につられてしまったみたいだ。正面で毬をつくわたしはイズナに説教され、あぁ、イズナは時としてママより厳しかったっけ。

「マユ様、スカートで毬をつくのははしたないですよ」
「もう! わたしとイズナしか居ないんだから、いいじゃない」
「いいえ、マユ様を見ている影の数は沢山あります。さぁ、暗くなる前に帰りましょう」

 イズナとは特に約束せず、神社で会う。わたしだってここに毎日通える訳じゃないので、待ち合わせの印を提案した事もあった。例えば石段に花を置いておく、鳥居の近くの枝へリボンを巻いたりするとか。
 イズナと会っているのはママには内緒。幼いわたしは何かしら秘密を持ちたくて、イズナもそうしてくれた方が助かると言った。
 この頃はまだ、どうしてママに知られたくないのか考える必要も無かったんだ。

「大丈夫ですよ。マユ様がここで毬をついているのが聞こえましたら、私はすぐに参ります」
「……でもスカートはいてたら、つけないじゃん」

 手を繋ぎ、石段をゆっくり降りる。強く吹いた風が裾を暴れさせ、イズナが押さえてくれた。
 ふう、吐かれる溜め息でわたしの前髪が舞う。

「やはりお母様にお話しして、スカートを控えた方が宜しいかと」
「んー、ズボンはいてると男の子と間違えられるから、嫌!」

 そっぽ向くわたしの両頬を覆い、自分と向き合わすイズナ。

「マユ様は可愛らしいので、間違えられたりしません。もし間違えられるとすれば、それはマユ様の気を引きたいのでしょう。気を引き、仲良くしたいのですよ」

 ちょっと前、近所の男の子等にからかわれた事を言っているんだろう。イズナ相手に覚えた影踏みは負け知らずで、彼等は勝てない腹いせにわたしの容姿を茶化したのだ。女ならスカートをはけ、はかなきゃ男だって。
 手拍子を打ち囃し立てられたのもあり、流石のわたしも傷付いた。ママに気取られぬ様、このスカートを新調して貰い、三日とあけず身に付ける。

 俯くわたしにイズナの気遣いが触れた。
 ひょっとしなくともスカートをはかなくていいと言うのはイズナの優しさ。じんわり気持ちが温まる。

「あ! じゃあ、イズナがわたしに女の子らしくしろって言うのも、わたしと仲良くしたいから?」
「え?」
「ふーん、そっか。イズナはわたしと仲良くしたいんだね」

 素直になれない分、ぎゅ、とイズナに抱き付く。諭す為、中腰になっていたイズナが慌てて抱き返す。

「マユ様、それとこれは……あと、男に抱き付いたりしてはいけませんよ?」
「はい、はい」

 イズナはあれをしたらいけない、これをしても駄目ってお小言ばかり。でも、青み掛かった瞳はわたしを完全に突き放したりせず、困った、呆れたと細められるだけ。

 イズナに抱き上げられ、夕暮れに染まる景色を眺める。そして、わたしとわたしの視線が重なる。キツネの里じゃない、ここが自分の居るべき場所だって思うから。早く帰りたい。

 飛び立つ鴉を指差したら、いけません、イズナに人差し指を包まれる。どうしてと尋ねると、心を射ぬかれた鴉がわたしをお嫁さんにしようとするから、と。
 イズナは未来に起こる事を知っていたのかもしれない。彼の言動を注意深く思い出せば、事態を切り抜けるヒントがあるのかも。

「マユ様が誰もがひれ伏す女性になるのは、まだまだ先になりそうですね」

 ねぇ、イズナ。女性らしさって何だろう。胸にその疑問がわいた時、夢から覚めていくのが分かった。




「起きたか」

 夢から覚めたばかりの頭にお園の低い声が響いて、飛び起きる。

「何も捕って食う訳じゃない。ほら、襟。襟を正せ」

 お園はあぐらをかき、お猪口を煽る――自棄酒と言った所か。これは一刻も早く誤解を解かなければならない。乱れた着物と髪を整え、姿勢も正す。

「あ、あのお園さん。実は――」
「玄武様なら事が済んですっきりしたのだろうな。さっそくカラクリを製作してるぞ。お前を廊下に放り出してな」
「は?」
「カラクリを作る際、玄武様は邪魔を徹底的に排除する」

 覚めきらない頭でも理解出来る、わたしは邪魔者と言われているのだ。
 わたしは誤解を解きたいのであって、ここに寝かされていた理由はそれから教えてくれれば良かった。だって、聞いてしまったら腹が立つ。カラクリのインスピレーションが急にわいたとしても、あんな固くて冷たい廊下へ放り出すなんて。しかも、眠っている状態で。

「廊下で無防備な寝息を立ててるお前を、見て見ぬ振りは出来なかった」
「あ、ありがとうございます」
「礼は要らぬ。玄武様のお手付きになったお前の立場は、私より上となるのだから」
「お手付きって、わたしは」
「待て、言うな。祝言をあげ、落ち着いたなら言葉遣いも直そう。悪いが、まだ気持ちの整理が出来ない」
「い、いやお園さん」

 ぐいぐいお酒を煽る姿に、わたしは腰を上げる。お猪口を取り上げられると察知し、後ろへ隠してしまう。ちょっと大人気ない。
 容姿の雰囲気からの推測だけど、玄武やお園は同年代っぽく、わたしは彼等より五つ位は年齢が下だと思う。

「勘違いされているみたいですが、わたしは」
「あ、マユ様ー、お目覚めになられたのですね!」

 ばん、話を遮るタイミングで障子が開かれる。葛の葉は入室の許可を取る事なく、わたしの隣へ陣取った。

「葛の葉さん!」

 葛の葉に言いたい事がありすぎて、逆に言葉が続かない。葛の葉は微笑む。

「怒らない、怒らない。こうでもしなきゃ、マユ様は里には居られないんだよ?」
「だったら帰る、家に帰して!」
「姫様達を助ける前に?」

 う、と口ごもる。葛の葉はわたしにだけ聞こえる様、囁き続けた。

「不本意だろうけど、力をつけるまでの我慢ですって」
「葛の葉さんにとっては本意みたいですけど?」
「あぁ、もちろん。あたしは玄武の坊っちゃんにマユ様が付いていてくれれば嬉しいさ!」

 お園には伝わっていないだろうか、そっと伺う。
 お園は酔いが回ってきたらしく、赤ら顔になっている。目が合っているのに、何処か遠い所を見ていた。 
< 23 / 25 >

この作品をシェア

pagetop