マユツバ
2
うずくまる高田くんの側、何かが転がっている。
「毬?」
自転車を立て、拾い上げてみた。毬には豪華な刺繍が施されて高級感が漂う。
どうして毬が?
何処から飛んできたのか見回し、影に行き着く。ああ、イズナがやったんだ。睨み付けても反応をせず、地面を蹴る。
「マユさんって、よくそうやって地面を蹴るよね? クセ?」
「え、あ、あぁ! クセなんだよ、クセ――それより大丈夫?」
「うん。いきなり後ろから飛んできて、頭に当たったんだ」
方向を示され、二人で伺う。道の先の森は既に真っ暗で、ちょっと気味が悪い。
「そう言えば、あの森の奥には魔女が住んでるんだって。父さんが言ってた」
「魔女? おじさんは見たの?」
「いいや、でも気配を感じたって」
自転車に跨がり、わたしを手招く高田くん。
「気配か……」
「ん?」
「ううん、何でもない」
お祖母ちゃんは人に見られるのを嫌う。あのお菓子の家だって人間には見えない術を掛けてあるそうだ。
それにわたしがここへやって来るのはスケッチをするという名目。一族以外にはそう説明するよう言われている。
でも、わたしの美術の力量を知る高田くんにスケッチしているとは言い難い訳で。無難に読書にしておけば良かったと後悔中。
休み時間、図書室で過ごすのが多い高田くんなら、お薦めを教えてくれそうだし、会話の取っ掛かりに出来たのに。
加速した自転車が心地良く風を切る。案外、こうやって黙っている時間もいいかもと思い直し、わたしはそっと目を閉じた。
「――ねぇ、その毬さ」
目蓋の裏へ、高田くんの質問が書かれる。
「魔女が投げたのかもね」
高田くんは笑ったみたいだけれど、それからはよく聞こえなかった。
また静かな時間が訪れる。頬に張り付く髪を払う流れで、わたしは高田くんのシャツを掴む。
小学生の頃はわたしと男子の体格に差など無かった。取っ組み合いの喧嘩だって平気だった。それが中学、高校生になるにつれ男子はぐんぐん大きくなり、力じゃ敵わなくなってしまった。
小学生の高田くんは女子に間違えられちゃう位、可愛かったんだろうな。この大きな背中になる過程を、自分好みにアレンジする。
じゃあ、わたしはどうなんだろう。意地っ張りで負けず嫌いからして変われていない。
お祖母ちゃんの赤い着物姿は誰が見たってキレイ。ママだって近所で評判の美人さん。地元紙が取材に来たこともある。
わたしも頑張れば、お祖母ちゃんやママみたいになれるの?
なれるとすれば、いつその時がやってくるんだろう。予兆を全く感じないのは努力が足らないせいなの?
高田くんはわたしの好意に気付いているはずだ。彼は女子のちょっとした変化を見逃さず、声を掛けているから。つまり、勘づいておきながらの友人関係なんだ。
髪切った?
なんか良い事でもあった?
そうやって高田くんはみんなに優しい。やっぱり、わたしだけの人になるのは無理なのかな。
「マユさん、僕はここで」
下りきって、大通りの前。
高田くんはわたしを先に降ろし、それからハンドルを差し出してきた。カゴからスクールバッグを取り、肩に掛ける。わたしは高田くんのこういう仕草が好き。
「じゃあ次の電車に乗るから、行くね」
バイバイ、手を上げる高田くん。応えながら、実はわたしは明日からキツネの里に行っちゃうんだよって言い掛け、諦める。
「うん、またね」
わたしにもう少し自信があれば、勇気もあったなら。高田くんがナチュラルに引いてくる線を飛び越えられるのに。
高田くんはこちらを気に掛け何度も振り返ってくれ、わたしは笑顔をその度作った。
と、背後から電車がやってくる。
電車は簡単にわたしを抜き、高田くんを連れ去ってしまった。
足元に風圧で飛ばされた花が落ちている。
「毬?」
自転車を立て、拾い上げてみた。毬には豪華な刺繍が施されて高級感が漂う。
どうして毬が?
何処から飛んできたのか見回し、影に行き着く。ああ、イズナがやったんだ。睨み付けても反応をせず、地面を蹴る。
「マユさんって、よくそうやって地面を蹴るよね? クセ?」
「え、あ、あぁ! クセなんだよ、クセ――それより大丈夫?」
「うん。いきなり後ろから飛んできて、頭に当たったんだ」
方向を示され、二人で伺う。道の先の森は既に真っ暗で、ちょっと気味が悪い。
「そう言えば、あの森の奥には魔女が住んでるんだって。父さんが言ってた」
「魔女? おじさんは見たの?」
「いいや、でも気配を感じたって」
自転車に跨がり、わたしを手招く高田くん。
「気配か……」
「ん?」
「ううん、何でもない」
お祖母ちゃんは人に見られるのを嫌う。あのお菓子の家だって人間には見えない術を掛けてあるそうだ。
それにわたしがここへやって来るのはスケッチをするという名目。一族以外にはそう説明するよう言われている。
でも、わたしの美術の力量を知る高田くんにスケッチしているとは言い難い訳で。無難に読書にしておけば良かったと後悔中。
休み時間、図書室で過ごすのが多い高田くんなら、お薦めを教えてくれそうだし、会話の取っ掛かりに出来たのに。
加速した自転車が心地良く風を切る。案外、こうやって黙っている時間もいいかもと思い直し、わたしはそっと目を閉じた。
「――ねぇ、その毬さ」
目蓋の裏へ、高田くんの質問が書かれる。
「魔女が投げたのかもね」
高田くんは笑ったみたいだけれど、それからはよく聞こえなかった。
また静かな時間が訪れる。頬に張り付く髪を払う流れで、わたしは高田くんのシャツを掴む。
小学生の頃はわたしと男子の体格に差など無かった。取っ組み合いの喧嘩だって平気だった。それが中学、高校生になるにつれ男子はぐんぐん大きくなり、力じゃ敵わなくなってしまった。
小学生の高田くんは女子に間違えられちゃう位、可愛かったんだろうな。この大きな背中になる過程を、自分好みにアレンジする。
じゃあ、わたしはどうなんだろう。意地っ張りで負けず嫌いからして変われていない。
お祖母ちゃんの赤い着物姿は誰が見たってキレイ。ママだって近所で評判の美人さん。地元紙が取材に来たこともある。
わたしも頑張れば、お祖母ちゃんやママみたいになれるの?
なれるとすれば、いつその時がやってくるんだろう。予兆を全く感じないのは努力が足らないせいなの?
高田くんはわたしの好意に気付いているはずだ。彼は女子のちょっとした変化を見逃さず、声を掛けているから。つまり、勘づいておきながらの友人関係なんだ。
髪切った?
なんか良い事でもあった?
そうやって高田くんはみんなに優しい。やっぱり、わたしだけの人になるのは無理なのかな。
「マユさん、僕はここで」
下りきって、大通りの前。
高田くんはわたしを先に降ろし、それからハンドルを差し出してきた。カゴからスクールバッグを取り、肩に掛ける。わたしは高田くんのこういう仕草が好き。
「じゃあ次の電車に乗るから、行くね」
バイバイ、手を上げる高田くん。応えながら、実はわたしは明日からキツネの里に行っちゃうんだよって言い掛け、諦める。
「うん、またね」
わたしにもう少し自信があれば、勇気もあったなら。高田くんがナチュラルに引いてくる線を飛び越えられるのに。
高田くんはこちらを気に掛け何度も振り返ってくれ、わたしは笑顔をその度作った。
と、背後から電車がやってくる。
電車は簡単にわたしを抜き、高田くんを連れ去ってしまった。
足元に風圧で飛ばされた花が落ちている。