桜縁
飼い馴らして来た部下達に裏切られ、側近達は死んでいく。
今や芹沢についているのは、部下でも側近でもない世話人だけとなっていた。
朝食を終えて、皆が出て行くと月は後片付けを始めた。
「そういえば、月ちゃん。目の下にクマが出来てない?」
「え?」
まだお茶を飲みながら、その場に残っていた沖田が言った。
「そうですか?」
「もしかして、眠れてないんじゃないの?」
沖田が近づいてきて、そっと顔に手を伸ばしてきた。指先が肌に触れた瞬間に、ビクッと肩が上がる。
「そんなに驚かなくても…。」
「い、いえ…、驚いたわけじゃあ……。」
胸の鼓動が早くなるのが分かる。
あの夜の出来事が頭に蘇る。
『いい加減に気づいてよね。』
確かに沖田はそう言った。
そして、口づけ……。
沖田はあの時のことなどなかったかのように、いつも通りに接してくれる。それはそれで有り難いのだが、あの時の口づけと言葉の意味。
気づいていなかったわけではなかった。ただ、沖田がまだあの夜のことを誤解しているのではないかと、今だに思う時がある。今までに色んなことが有りすぎて、今更沖田とそういう関係になるなんて……。
まだ月は怖くて受け止めきらないでいた。
月が目を逸らしていると、沖田は優しく月の髪に触れ、耳元で囁くように言う。
「この間のおかわりが欲しいとか。」
「!!」
まるで見透かされたように言われ、正直な心臓が飛び出しそうになる。
沖田の方を見ると可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「沖田さん…!」
顔を真っ赤にさせながら沖田を怒ると、それがまた可笑しかったのか、よけいに沖田は笑うのであった。
まったく、本気なのか、からかっているだけなのか、本当に困った人だ。
それから、月はお呼びがかかっていた土方の部屋へと向かった。
「失礼致します。お呼びでしょうか?」
「おう、入れ。」
部屋へ入ると土方と斎藤が向かい合うような形で座っていた。月は一歩部屋に入った場所に座った。
「お前に任務をくれてやる。斎藤と一緒に行け。」
「え? 任務って何の任務ですか?」
唐突の事に目を丸くする月。
しかも斎藤と一緒とは…。
本来任務というのは隊士がやるもので、小姓で女がやる仕事ではない。