桜縁




諦めたのか沖田は月の手を自分から離した。


「沖田さん…?」


「もういいよ。早く行きな。いつまでもこんな所にいたら、いくら僕でも何をするか分からないし。抱きたい女ならいくらでもいるから、君はいいや。」


「!」


沖田はそう言うと、月の顔を見ることもなく、その部屋を出て行く。


「沖田さん!沖田さん…!」


その背中に何度も叫んだが、振り返ってくれることはなかった。







気持ちが立ち直る暇もなく、出発の時を迎える。


二人の見送りに近藤と土方が出て来ていた。


「じゃあ、頼んだぞ斎藤。」


「はい。」


「月さんも気をつけてな!」


「はい。」


「では、行こう。」


くるりと踵を返し、玄関を出ようとすると、平助達の賑やかな声が聞こえて来る。


「あ、一君に月。もう行くのか?」


「ああ、お前達は何処へ行く気だ?」


「ああ……それは…。」


「そんなこと決まってんだろ?あれだよ、あれ!新町の方で良いのがいるっていうから……。」


「おっと、新八。それ以上言うなよ?」


そこまで言わせておいて、原田が永倉の口を塞ぐ。


どうせまた、いつものように、遊郭にでも行くのだろう。


ふと、その後ろには沖田の姿もあった。


だが目を合わせてくれない。


「正直に女を買いに行くって、言えばいいのに。」


「なっ!」


「総司!!」



女を買いに行く……?


月の中で思考回路が止まる。何かの聞き間違いだっただろうか…。


「総司、お前も行くのか?」


「今日は非番なんだから、たまにはいいじゃないですか。土方さんもどうです?」


「お前な……!」


人が任務に出かけるというのに、随分と悠長なものである。


永倉や平助達はいつものことだから、あまり気には止めたいが、沖田も行くということに、終始戸惑いを隠せない。


沖田達の声が遠くに聞こえる。


お願い……。


何かの間違いであって……。


そんな願いが次から次に沸き起こる。


そんなことはお構いなしに、沖田は斎藤の隣へとやって来る。


「一君、月ちゃんを頼むよ。ああ見えてかなり初だから。下手な真似をしたら、僕が許さないから、覚悟しておいてね。」


「お前と一緒にするな総司。」


クスクスと楽しそうに笑う沖田。


それを横目で見ながら、いたたまれず斎藤の腕を掴んだ。


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