桜縁




「はい。」


月は差し出された杯に酒を注ぐ。


なんとか帰還するのを避けられたようだ。


「にしても、土方さんや山南さんが帰るような急ぎの仕事があったか?左之まで帰りやがるし。」


「そうだな。帰ったら少しは手伝うか!」


「それはいい心掛けだ。トシも喜ぶ。」


穏やかな表情で酒を飲む近藤。


外の雨の音がやけに耳につく。


それからしばらくの間、二人は飲んでいたが、さすがにこれ以上飲んだら帰りが危うくなると思ったのだろう。


酒を飲む手を止めた。


「さて、そろそろ帰るか!」


「そうだな。これ以上呑んだら、明日がまずそうだからな。」


永倉と平助が立ち上がる。


まだ、ダメだ。


二人を屯所に帰すわけには行かない。今頃は土方達が芹沢達の隙を狙っているはずだ。


今更この二人が帰っても、これまでの計画が台なしになってしまう。


「なんだ、もう帰るのか。明日はせっかく非番にしたのに残念だな。」


あたかも前から計画していたように言う近藤。


それに違和感を感じたのか、二人の表情が少し変わる。


「非番? そんな話し俺達は聞いてないぜ?」


「なんだ、お前達には伝わっていないのか?しょうがないな…。」


「でも、いきなり非番なんて、明日なんかあんのか?」


「いや、たまにはお前達に休みをやってもいいと思って、俺が決めたんだよ。トシにも話しを通していたんだが、伝わってなかったようだな。」


「斎藤も知ってたのか?」


永倉の目線が向かいの席に座る斎藤に注がれる。


「ああ。」


「だから、もう少し飲んでいけ、な?お前達酒は好きだろ?」


徳利を差し出す近藤。


こんなに近藤が酒を勧めるのも珍しいことだ。さすがにその違和感が二人の中で本物だと確信してしまう。


「近藤さん、あんた何か俺達に隠してないか?さっきから違和感丸出しだぞ?」


「そ、そうか?」


「まるで俺達が屯所に帰ったらまずい、みたいな感じゃねぇか。屯所で何かあんのか?」


鋭いところをつかれ、近藤は押し黙ってしまう。


何にもないとはさすがに言うことが出来ない。


「一君…。」


再び二人の視線が斎藤に向けられる。


斎藤は飲んでいた杯を置き、立ち上がった。


「今、屯所は取り込み中だ。だから今帰るのはやめておけ。」


「な、なんだよ それ!」


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