桜縁
ーーー君のお守りも飽きた。死にたくなかったら、大人しくしておいて下さい。
首筋にかかった刃が、今にも蛍を引き裂きそうだった。
まるで、あの状況になるのを分かっていたかのように……。
そして、侍女の中から忽然といなくなった月。
彼女もまた、あそこに加わっていたということだ。
自尊心も何もかも引き裂かれて、怒りと屈辱で打ちひしがれそうになっていた時に、飛び込んできた話し。
それは、過激派浪士達の京への入場の話しだった。
そして、あの薬の実験…。
かなりの責任を伴うものであったが、父や臣下達の反対を押し切り、蛍が過激派の統率を任されたのだった。
資料などを広げて読んでいると、母親が部屋に入ってくる。
「お母様。」
「どうですか?計画は進んでいますか?」
「はい。いろいろと大変ですが、これも自分のためだと思い頑張っております。」
「そう。お前が元気になってくれて本当によかった。いたしかないこととはいえ、夫になる者に刃を向けられたのだ。どれ程辛かったことか……。」
「お母様…。」
「しっかりと任務を真っ当するのですよ。」
「はい、それよりお母様、なんだか今日はお顔の色が悪いけど、どうしたの?」
いつも美しく穏やかで女神のような母が、いつもにまして顔色を暗くしていた。
「あ……、そう?」
「具合が悪いなら、横になってたほうが…。」
「大丈夫よ。きっと疲れていたのね。仕事の邪魔になったらいけないから、母はもう行きますね。」
「ええ、あまり無理しないでね。」
足早に早々に出て行く母。いつもと少し違う母を気にしながら、蛍はその背を見送った。
母は自分の部屋ではなく、【神堂】へと向かった。
屋敷から少し離れて、人知れずにひっそりと佇む建物。
いまや、そこを訪れる者は数少ない。
少し埃っぽさが立ち込める神堂へ入り、小さな小部屋へと入る。
かつては、誰かが住んでいたと思われるような部屋。
母は部屋の片隅にあった棺の中から、小さなホトガラを取り出す。
まだ、あどけなさを残す小さな女の子。
「…………。」
「奥様…。」
「あの子はまだ見つからないの?」
「ええ…。」
「もう、いなくなって数十年は経つというのに……、こんなにも悲しみが残るのはなぜなのかしら?」