桜縁
このまま、斎藤を好きになってしまえば、どれだけ良いか…分かったものではない。
だが、月はその想いを打ち払うように斎藤から身体を離した。
「月…。」
「ごめんなさい、斎藤さん…。私、斎藤さんも好きですけど、それは仲間として師匠としてなんです。恋仲として、男として、私が見られるのは一人しかいないんです。」
断るならもっといい方法があったかもしれない……。
もっと、優しい言葉がかけられたかもしれない。
失恋する想いは堪え難いものだ。
だが、受け入れるわけにもいかず、ただ自分の素直な思いを相手に告げるしかできなかった。
突き放した斎藤の顔を見るのが辛い…。
しかし、それとは逆に斎藤が突き放した月の手をとった。
「そうか、それがお前の想いなら仕方あるまい。」
「斎藤さん……。」
「そんな目で見るな。無理矢理にでも奪いたくなる。」
そっと月の頬撫でる斎藤。
そんな風にされると余計に胸が痛くなる。
すると、不意に唇に柔らかい感触がする。
「!」
それが接吻だと気づくと、慌てて避けようとするが、斎藤が先に月から唇を離した。
「これで今日のところは勘弁しておいてやろう。」
「さ、斎藤さん…!!」
「どうした顔が真っ赤だぞ?熱でもあるのか?」
あっという間に逆手に取られる月。
反撃しようにもあまりの恥ずかしさに、うまく言葉が出てこない。
開き直るにもほどがある。
斎藤はいつものように何でもないかのように笑っていた。
「もう!斎藤さんの馬鹿っ!!」
真剣に相手にしていたのが阿呆らしくなってしまう。
月はその場から離れ、部屋へと戻って行った。
「全然、成長していない……。」
月の部屋の戸口を眺めながら、斎藤は微笑んでいた。
それからというもの、古高の尋問は続き、もはや生きた屍と化していた。
角屋からは武器弾薬が押収され、頼りとなる吉田は何の行動もとろうとはしない。
もはや、拷問に耐えるのも時間の問題だろう。
月は回復し、溜まっていた屯所内の掃除を片付ける。
だが、屯所内は緊迫とした空気が広がっていて、とてもじゃないが誰かと話す余力がなかった。
その日の夕刻、ようやく事態が動き出す。
頑なに口を閉じ続けていた古高が、ついに口を割ったのだ。