桜縁
見返りなんていらない。後悔などしない。
蛍はそう自分自身に決意をしていた。
「桂は参加しなくてもいいの?」
「?」
「月のことよ。このまま黙っているつもり?」
「何を言っているのですか。この計画に外れた方がいいと言ったのは、媛様ではないですか。私はこのまま見守らせていただきますよ。」
「ずいぶん余裕なのね……。女にフラれたというのに……。」
「私には大切な妻がいますから、彼女だけで充分です。」
これが未婚者と既婚者の差なのだろうか、それとも老若の差なのだろうか、同じ立場にいても落ち着いて見える桂が恨めしかった。
一方、古高の自白により屯所内は慌ただしく動き出す。
しかし、状況は思わしくない。
隊士達がこのところ続く暑さと、度重なる隊務によって、体調不良者が相次いで出たのと、今だ連絡のこない会津藩とのことで、緊迫とした空気に包まれている。
月は体調不良者の看病に徹しながら、廊下を慌ただしく行きかう隊士達を見ていた。
「くそっ!まだ、会津から連絡が来ないのか!?」
「焦るなトシ。奴らの会合場所が絞りきれていないんだ。仕方あるまい。」
あれからの捜索で、予想通り吉田達の潜伏先は【池田屋】と【四国屋】に絞られていた。
一応、会津藩にも連絡をとったが、どちらかに絞りきれていないのが、気に食わないのか、後の連絡が途絶えた状態であった。
そして、監察型の山崎の報告により、今宵吉田率いる過激派浪士達が集まり、会合を開くとの知らせが入ってきたのだ。
だからなのか余計に土方がイライラしているように見えた。
近藤は局長だけに、落ち着いているようにも見えるが内心は穏やかでないのも分かる。
このまま、時間と共に過ぎて行くのかと思うともどかしくてならない。
「土方さん、そろそろ奴らが集まってくる頃だ!」
幹部達が浅葱色の羽織りを着込んで、見回りから戻ってきた。
もはや、会津藩の連絡を待っている時間はない。
「近藤さん、俺達だけでも討ち入りをしよう。」
「しかし、これだけの人数でどう戦う?」
隊士は幹部達を合わせても三十名尺しかいない。
しかも、隊は二つに別れることになる。どう考えても、この人数では危険すぎる討ち入りとなる。
万が一にでも、全滅してしまえば終わりだ。
だが、土方は決して意思を曲げなかった。