桜縁
沖田は畳みに突き刺さっていた月の刀を引き抜き、それを月に返しながら尋ねる。
「他に言うことはないよね?近藤さんには僕から言っておくから、君はここで大人しくしてて。」
沖田は刃を月から離し刀を納め、踵を返した。
やだ……。
こんなのやだ……。
せっかく新撰組の役に立てる機会なのに……。
沖田と一緒の舞台に立てると思ったのに……。
月は出て行こうとする沖田の腕を自分に引き寄せしがみついた。
「私も連れていって下さい……!留守番なんて嫌です。沖田さんと一緒に私も戦いたい……!」
本心が溢れるように零れる。
蛍と沖田が戦うのを防ぐというよりも、月が沖田と一緒に戦いたかっただけなのだ。
ずっと同じ舞台にいたのに、女だから経験不足だからという理由で置いていかれるのが嫌だったのだ。
わがままと言われてもいい……!
沖田や新撰組の皆と戦いたい。それは月の切実な思いであった。
その思いを断ち切るように、沖田が迷惑そうに言う。
「遊びじゃないんだけど?」
「分かっています!それでも、連れて行って下さい。どうして……、一緒にいたいのに、分かってくれないんですか?」
「月ちゃんだって、僕と今まで一緒にいたのに何も分かってないじゃない。そういうのを自分勝手なわがままだって言うんだよ?無駄死にするために、女を送り出すわけないでしょ?まだ、分からないの?」
にっこりと笑う沖田の声音が冷たい。
その言葉が正論すぎて返す言葉がみつからない。
その様子を見て、ふぅと一息吐くと、沖田は震える月の手を自分の腕から離した。
「近藤さんには僕から言っておくから、月ちゃんはいい子にお留守してて。」
結局月は置いて行かれ、沖田達新撰組本部隊は、池田屋と四国屋に別れて、飛び出して行った。
皆が出払った屯所内はシンとしていて、辺りは静まり返っていた。
これが嵐前の静けさなのだろうか……。
そんな事をぼんやりと考えて、廊下を歩いていると、前から山南が歩いて来た。
彼もまた本部隊から置いてきぼりをくらった人間だ。もっとも怪我人だから仕方のないことなのだが……、山南が抱えているものは、おそらく月よりも重いのかもしれない。
「おや、これは月さんではありませんか。」
「山南さん…。」
にこりと微笑む山南。月もつられてにこりと笑う。