桜縁
「はい。」
「それと…。」
山南はちらりと月の方を見る。
「彼女も一緒に行って下さい。」
「え…?」
「お言葉ですが総長。女の月さんには危険なことかと思いますが。」
「伝令は一人より二人です。確実に伝えなくては。それに、彼女は女性でも、普通の女性ではありませんよ。……山崎君と一緒に行きなさい。」
再度月の方を見て言う。
総長直々の出動命令だ。それはそのまま戦いに参加することになるかもしれないということだ。
「はい!」
月は力強く頷いた。
沖田とあんなことがあって結局置いていかれてしまったが、まさかこんな形で出動するとは思ってもみなかった。
暗い路地を山崎と一緒に走り抜けて行く。
月は沖田達と同じ新撰組の浅葱色の隊服を着込み、羽織りをなびかせながら、全速力で暗い夜道を走る。
すると、前方に浪士の一味を発見する。
「新撰組に御用ですか?」
先を走っていた山崎が尋ねた。
この道は新撰組屯所に通じている。どうやら、新撰組に恨みを持った馬鹿な一味のようだ。
「いや、別に……。」
しかも挙動不審全開である。山崎が月に耳打ちをする。
「ここは俺に任せて、君は一刻も早く副長達にこのことを伝えろ!」
「分かりました!」
新撰組に見つかり、慌てていた浪士達が抜刀をし、二人に襲い掛かる。
月はそれを避けて身を翻し、山崎に浪士達を任せ路地を走り抜けて行った。
暗い夜道をたった一人で懸命に走る。
足元を点すのは夜空に浮かぶ月明かりのみ。それでも、今の月にはそれだけで充分であった。
残して来た山崎も気になるが、彼があの程度の浪士達に負けるはずかない。
月は足を止めることなく、屯所から四国屋へ向かった。
一方、本命の池田屋では路上に隠れながら、近藤達が身を忍ばせていた。
「こっちが当たりか。」
沖田が明かりの点った池田屋を見遣る。
「会津からの連絡はまだか?」
「ああ、土方さんとこにも走らせたが、まだみたいだぜ。」
「ったく、会津はこんな時に何やってんだ?」
会津に知らせを送ってから今だ返事はない。永倉もいい加減しびれをきらしていた。
「どうします、近藤さん?ここでみすみす見逃してしまえば、無様ですよ?」
沖田の目に闘志が宿っていた。ここへ来てだいぶ時間が立っている。