桜縁
「離せ、無礼者!お前達のような者に触れられて欲しくない!」
「大人しくして下さい。行きますよ。」
暴れて叫ぶ蛍を無理矢理連行し、用意していた部屋に突き飛ばす。
「……っ!」
畳みにぶつけられ足を押さえる。まだ、傷は癒えていないようだ。
「ここではあなたのわがままも通らない。せいぜい人質らしく、大人しくしておくことです。では、後は任せましたよ。」
そう言って山崎は闇へと消えて行った。
残された月は部屋の燈籠に明かりを燈し、蛍が部屋で静かに過ごせるよう準備をした。
「……では、私はこれで。」
「待ちなさい。」
それまで黙ってじっと月を見ていた蛍が口を開いた。
「お前は何者なの?」
「?」
「こんな所にいるのだから、ただの女ではないでしょ?あなたはいったい誰なの?」
いったい誰なのか…。
今までいろいろ有りすぎて、それどころではなかったが、それは一番月が聞きたい質問であった。
「……長州に捨てられた新撰組の小姓です。」
「長州?!」
知っている事実だけを告げたつもりであったが、蛍は異常に反応した。
「長州の人間だと言うの?」
「はい、今まで黙っててすみませんでした。でもこれが私の知る事実です。」
「ハハハ…!長州の人間が同藩の者を殺し、長州を裏切るの?」
まるで信じられないといった口ぶりだ。
「お言葉ですが、最初に私達を裏切ったのは他でもない長州です。それに長州だって新撰組の人を殺しています。それについてはお互い様ではありませんか?」
「お前…!私が捕われたからと言って、懐柔する気か!?」
「そのつもりはありません。私には姫様にはなんの恨みもございませんので…。これで失礼致します。」
「待ちなさい!」
「?」
「……沖田様は?沖田様は無事なの?」
さっきまでとは違い、急に大人しくなる蛍。顔が少し赤くなっていた。
一瞬教えようか迷ったが、心配しているには変わりはないから、月は答えた。
「……無事です。すぐに療養しましたので。」
「そう、なら良かったわ。」
敵であっても、好きな者には勝てないのだ。
あの日、刀を構える沖田を前にして蛍は、何度か沖田の方を見ていた。
怖くて仕方がないのに、怯えながら切なそうな目をしながら……。
「失礼します。」
月は軽く会釈をし部屋を出た。