桜縁
満天に彩る夜空を見上げる。
今まで押さえていたものが、次々と蘇る。
月は元々はこの地の人間ではない。
蛍と同じ長州の者だ。
なぜ、自分は長州ではなく敵である薩摩に捨てられたのか、両親はいったい誰なのか。
そしてなぜ、胸に傷があるのか…。
まるで誰かが自分の死を望んでいるかのように、深々と今も月の胸に残っている。
今だ行方の知れない兄『史朗』の安否。
解決しないといけない問題だらけだ。
いつまでも、ここでくすぶっているわけにもいかない。
何とかしてそれらを知る方法を探らなくては。
月はそう考えながら、長い廊下を歩いて行った。
一方、長州藩では桂が戻って来てから大騒ぎとなっていた。
「よく無事で戻って来たな!大したもんだ!」
桂は会津藩士に何度か捕まりそうになりながら、命からがら長州藩邸まで逃げて来たのだ。
幸いにも受けた傷は浅く、月にやられた傷以外は軽傷ですんだ。
「ああ、なんとか逃げ切れてよかったよ。だが、私は姫を置き去りにして来てしまった…。今もどうされているのか心配だよ。」
桂は一人だけ逃げてきて罪悪感を感じていた。処刑は免れたものの、会津藩がそう簡単に蛍を放すわけがない。
もしかしたら今もまだ牢屋に捕われて尋問に賭けられているのではないかと、心が痛んだ。
「なあに、心配ないさ。あいつが自分で過激派を主導すると言ったんだ。これくらいの覚悟ぐらい出来てるさ。それに、敵の姫をみすみす殺すようなことは会津はしない。それなりに利用価値があるからな。きっとそれなりの待遇を受けているはずだ。」
「晋作…!」
「だが、それによって出てくる問題の方が難問だ。一刻も早く蛍を解放しないと大変なことになりかねないからな。」
「ああ。」
蛍のことは信頼しているが、敵である会津がいつまでも大人しくしているわけがない。
必ず蛍の利用価値を掴むために強行手段に出るはずだ。蛍が坑えば坑うほど人質としての存在価値を失い、その時になってでる代償の方が痛い。
なんとかして、蛍を救わなければならない。
「俺はこのことを妃と話し合って決める。お前は万が一に備えて、軍を配置しておけ。」
「分かった。それと晋作、あの件はどうするつもりだ?」
池田屋事件により、多くの犠牲者が出てしまい、多くの者がその死への悲しみと怒りに燃えている。