桜縁
「さっきね、大久保様に会って来たのよ。」
「大久保様に……?それで、お元気でいらっしゃったか?」
「ええ、とてもお元気だったわ。史朗兄さんも元気だって言ったら喜んでいたわ。」
「そうか、あの人には相当世話になっているからな……。」
ーー数十年前。
この薩摩の地で、行き倒れとなった二人の兄弟。
周囲には親らしき姿はなく、捨て犬のように捨てられていた。
兄が抱いていた赤ん坊には、胸の傷があり、今もなお傷が残されていた……。
なぜ、傷を負ってしまったのか……。
どうして両親がいないのか………。
それさえも分からない。
そんな死にかけた兄弟を救ったのが、薩摩藩主である【大久保】であった。
二人は藩主の助けのおかげで、今こうして生きていられるのだ。
「近いうちに、会いに行ってみるか。月も来るか?」
「ええ。」
「月ーー!月ーーー!」
女の呼ぶ声が聞こえる。どうやら、少し長話になってしまったようだ。
「じゃあ もう行かないと…!」
「ああ……。月!」
「?」
「………気をつけろよ?」
「……ええ。史朗兄さんもね。」
月は女の呼ぶ方へと向かった。
夜の忙しさは、見習いを含めて全員が同じこと。
特にこの店は高級老舗の遊郭として有名で、朝までお客が堪えることはない。
一人前となった姉様達は、舞を踊ったり釈をしたり、時には客の相手をしたりして、お客様を精一杯もてなす。
月達見習いも、客はとらないが、自分達の姉様について、お客様をもてなすために、一生懸命にあちこちと動き回るのだった。
遊郭が落ち着くのは、日が上る少し前のこと。
お客はまだ足りないような顔をしながら、花街を後にしていく。
ここからは、彼女達のひと時の安らぎの場となるのだ。
片付けを終え、それぞれの身支度をすませると、皆が大広間へと集まって来る。
位別に上座からお膳と席が配置され、それぞれの位ごとに座っていく。
月達見習いは一番隅の下座だ。そこに仲間と一緒に座る。
「皆集まったか?昨日はご苦労であった!お客様もたいそうお喜びであったぞ!」
一番奥の上座に座る店の主である女将が、皆の労をねぎらう。
女将の音頭と共に朝食が始まるのだ。
「朝食を取る前に皆に重要な知らせがあるゆえ、心して聞くがよい。」