桜縁
「以前より知らせていた通り、見習いの水揚げの日が決まった。」
「……!?」
「今度、薩摩藩邸で大きな宴があるそうだ。そこで、水揚げを行うこととした。気に入られた者から順に水揚げをすることになるが、皆立派な芸妓となるための一本だ。無礼がないようにするのだぞ。」
「………。」
「それでは食べよう。」
女将の一声で朝食が始まる。
皆が楽しそうに食べている中、月だけは浮かない顔をしていた。
水揚げ……。
ここへ入った時から、それは理解していたつもりだ。それに芸妓になるためには、決して通れない道。
だが、いざ水揚げとなると、どうしてもその気にはなれなかった。
その話しは兄である史朗の耳にも入ることとなる。
「………史朗兄さん?」
いつもなら、こんな人目に付きそうな廊下にいないのだが、今日に限ってその場にいた。
「月か……。」
「何してるの こんな所で?」
「いや、なんでもない。お前こそ皆といなくていいのか?もうすぐ稽古の時間だろ?」
「今日はお休み。今から、綾子姐さんの所に行くの。」
「そうか……。」
何気ない会話だが、まるで、何かを隠していてそれに触れないようにしているよいな……、互いにぎこちなさをみせていた。
「……なあ、月。」
「何?」
「月は、月は幸せか?」
「なによ突然…?」
「いや、ただ今のままで幸せかどうか……気になっただけだ。」
「これが私の道だもの仕方ないわ。他に道なんてないんだから。」
「そ、そうだな……。月。」
「?」
「……頑張れよ。」
「うん……。」
うっすらと微笑むと月は、兄に背を向けて歩いて行った。
その背を黙って見送る史朗……。
妹のために気の利いた台詞も、気の利いたことも出来ない。
ただひたすらに、大久保のために働くことしか出来ないのだ。
月は綾子の部屋を訪れていた。
「綾子姐さん、月です。」
「御入り。」
襖を開けて中へと入る。
「……いよいよ、時が来たようですね。」
「はい……。」
「どの殿方に水揚げをしてもらうかによって、その先の位が定められてしまう。芸妓としては、大きな一歩です。」
「………。」
「しかし、どうにも納得がいかない…。こんなにもアッサリとお前を私達と同じ芸妓にして良いものかと悩んでしまう…。