桜縁
「…………。」
「お前は私達とは違い、生まれながらに芸妓ではない。この道に留まる理由など、何処にもないのだ。それでも、お前は芸妓になりたいか……?」
一度水揚げをしてしまえば、後はずっと一生、ここで芸妓として生活することになるのだ。
「大久保様に拾われた命です。大久保様のために使いたいのです。私がここで、大久保様のためにお仕えできるのなら、この上ない恩返しになります。」
「……そうか、分かった。下がって少し休みなさい。」
「はい。」
月は軽く頭を下げると部屋を出て行った。
大久保に拾われた命なのだから、大久保のために使うのは当然のことだ。
だから、芸妓になることだって構わないと思っていた……。だが、何処かで水揚げをすることを嫌がる自分もいた……。
月はそのまま何も言うことなく、部屋へと戻って行った。
ーーー数日後。
予定されていた通り、薩摩藩邸で宴が行われていた。中には薩摩を代表する者達もいる。
宴がたけなわになって、中で大盛り上がりになっているなか、準備を整えた見習い達が集まって来る。
「良いか?今宵はそなた達の働きにかかっている。宴の成功もそうだが、決して無礼を働いてはならぬ。お客様も癒してあげられてこそ、芸妓となれるのだ。必ず成功させて戻りなさい。よいな?」
『はい!』
前持って指示されていた場所が、各自に言い渡される。
中では姉様達が殿方を、決められた娘がいる部屋へと送り届ける。
その中には綾子の姿もあった。
「それでは、ごゆるり。」
ゆっくりと静かに扉が、次々と閉められていく。
これが受け持ちの見習いに出来る最後の仕事だ。
「……それでは、ごゆっくり……。」
綾子もその扉を閉めて行った。
部屋の中では、それぞれの甘いひと時が、繰り広げられている。
その中にはもちろん、月の姿もあった。
「こ、今宵、お呼びいただき……ありがとうどす。」
手をついて、深々と相手に頭を下げる月。
「お相手を致します……ツ、ツ……。」
身体が震えて、上手く言葉が出て来ない。
「月だ。」
「は、はい…!……!?」
聞き慣れた声がし、慌てて顔を上げると、そこには大久保が座っていた。
「お、大久保様……!?」
「ふん、いつまでもそんな所に座ってないで、こっちに来て尺でもしろ。」