桜縁
目の前に置かれた現実が嘘のように、時が流れていく。
沖田はスッと月の身体から身を離した。
「もう、行っていいよ。後は自分で出来るから。」
「はい。」
月は立ち上がり沖田の部屋を出て行く。沖田はその寂しそうな背を見送った。
二人は互いの想いを伝えることなく、運命の波に飲まれて行こうとしていた……。
浪士組が会津の庇護化に入るため、やむ得ずに沖田と長州の娘・蛍との婚姻が結ばれることになったが、それは表向きとなり、いずれは沖田も浪士組へ帰ってくるつもりでいた。
そして、この日入れ違うようにして、浪士組は新しい日の出を迎えることになる。
会津藩直々に隊名をもらい【新撰組】となったのだ。
沖田は一番組組長という立場となり、沖田が戻って来るまでの間、一番組は土方と二番組組長・永倉が代役を勤めることとなった。
「じゃあ、行ってきます。」
近藤と土方に挨拶を済ませる沖田。
「本当にすまんな、総司……。こんなことになってしまって……、お前にはいずれ、好きな娘と婚儀を上げてやりたかったのだが………。」
新撰組が出世し、世の中に認めてもらうには、絶対に通れない道だ。
それも承知の上で、沖田は受け入れたのだ。
いわば愛のない戦略結婚だ。
申し訳なさそうに、悲しい顔をする近藤。
可愛がっていた弟子が、こんなことになってしまうとは、誰も予想しなかったことだったのだ。
「そんな悲しい顔しないで下さいよ、近藤さん。僕が自分で決めたことなんですから。」
「だが……。」
「近藤さんが罪悪感なんか抱く必要ありません。これが最後の別れってわけじゃないんだし、絶対に僕はここへ帰ってきますから、安心して下さい。」
「総司……。」
「……総司、これを持って行け。」
「?」
「新撰組の隊服だ。大阪での一件で誂えたものだ。」
広げて見ると、浅葱色をしただんらん模様の隊服であった。
「離れていても、それがあれば、俺達は共にいることになる。だから、必ず戻って来い。待ってる。」
柄でもないことを言う土方。
いつも威張ってばかりで、周りのことなど考えてないように思えても、しっかりと見るところは見ていたのだ。
「……分かってますよ。じゃあ、行ってきます。」
沖田は出て行き、門の前で待ち構えていた輿へと乗り込む。