桜縁
大久保は懐から飾りを取りだし、月の膝下に投げる。
「……とっておけ。お前は芸妓よりも価値がある女だ。その女が周りから愚弄されるなど、私には耐えられんからな。」
「…………。」
今まで見て来た飾りの中で一番良い品だ。
芸妓になるべき女が、その証となる飾りを客からもらわなければ、皆から愚弄され、虐げられて過ごさねばならないのだ。
大久保はそのことをよく知っていたのだ。
女の価値を決める飾り。
どんな飾りをもらうかによって、この先が決まる。
月はその飾りを腰帯に結んだ。
「……ありがとうございます、大久保様……。」
「ふん、さっさと寝ろ。」
それだけを言って、大久保は静かに部屋を出て行った。
朝になり、それぞれの一夜を明けた見習い達が、部屋から出て来る。
皆、腰帯にそれぞれ貰った飾りを下げていた。
「…………。」
「月……!」
「……綾子姐様?」
見習い達に混ざって、綾子が月を迎えに来ていた。
「どうして、こんな所にいるのですか?」
「お前のことが気になって、迎えに来てしまったのだ……。」
ふと、月の腰帯に目をやる。そこには、大久保から貰った飾りが揺れていた。
どうやら、大久保は綾子達の願いを聞き届けてくれたようだ。
それを見て安心する綾子。
「……月。」
「フフフ……。」
月も嬉しそうに笑った。
その後、近くの屋敷にいる大久保の元へ、綾子は会いに行った。
「……大久保様、綾子でございます。」
「入れ。」
綾子はゆっくりと部屋の中へと入る。
すでに、大久保は起きており、この先に待ち構えている事の準備を終わらせていた。
部屋のいたる所に、その事に関する資料などが、散らばっていた。
「………終わったのですね。本当に行かれるのですか?」
「ああ、もう後には引けない。すぐに屋敷へと戻り、戦の準備も整えるつもりだ。」
「長州と………戦うのですか?」
「ああ……。」
やめて欲しいなどと言えない……。
長州と薩摩は長年争い続けているのだ。長州が戦うのをやめない限り、薩摩が戦うことを止めることは出来ない。
綾子はそのことをよく知っていた……。
例え、綾子が泣いて止めても、大久保は聞き入れないだろう……。
綾子はそっと、その背に身を委ねた。