桜縁



大久保は懐から飾りを取りだし、月の膝下に投げる。


「……とっておけ。お前は芸妓よりも価値がある女だ。その女が周りから愚弄されるなど、私には耐えられんからな。」


「…………。」


今まで見て来た飾りの中で一番良い品だ。


芸妓になるべき女が、その証となる飾りを客からもらわなければ、皆から愚弄され、虐げられて過ごさねばならないのだ。


大久保はそのことをよく知っていたのだ。


女の価値を決める飾り。


どんな飾りをもらうかによって、この先が決まる。


月はその飾りを腰帯に結んだ。


「……ありがとうございます、大久保様……。」


「ふん、さっさと寝ろ。」


それだけを言って、大久保は静かに部屋を出て行った。








朝になり、それぞれの一夜を明けた見習い達が、部屋から出て来る。


皆、腰帯にそれぞれ貰った飾りを下げていた。


「…………。」


「月……!」


「……綾子姐様?」


見習い達に混ざって、綾子が月を迎えに来ていた。


「どうして、こんな所にいるのですか?」


「お前のことが気になって、迎えに来てしまったのだ……。」


ふと、月の腰帯に目をやる。そこには、大久保から貰った飾りが揺れていた。


どうやら、大久保は綾子達の願いを聞き届けてくれたようだ。


それを見て安心する綾子。


「……月。」


「フフフ……。」


月も嬉しそうに笑った。








その後、近くの屋敷にいる大久保の元へ、綾子は会いに行った。


「……大久保様、綾子でございます。」


「入れ。」


綾子はゆっくりと部屋の中へと入る。


すでに、大久保は起きており、この先に待ち構えている事の準備を終わらせていた。


部屋のいたる所に、その事に関する資料などが、散らばっていた。


「………終わったのですね。本当に行かれるのですか?」


「ああ、もう後には引けない。すぐに屋敷へと戻り、戦の準備も整えるつもりだ。」


「長州と………戦うのですか?」


「ああ……。」



やめて欲しいなどと言えない……。


長州と薩摩は長年争い続けているのだ。長州が戦うのをやめない限り、薩摩が戦うことを止めることは出来ない。


綾子はそのことをよく知っていた……。


例え、綾子が泣いて止めても、大久保は聞き入れないだろう……。


綾子はそっと、その背に身を委ねた。


< 6 / 201 >

この作品をシェア

pagetop