桜縁
まだ温かい大久保の体温を感じる……。
大久保はそっと綾子を抱きしめた。
「すまぬ、綾子……。」
「いえ……。」
許されぬと分かっていても、互いに愛する気持ちは止められない。
だが、それ以上の一線を越えることはなかった……。
二人はしばしの間、互いの体温を感じていた………。
月は部屋に戻り、あることを決意していた。
昨日大久保に言われたことを思い出す……。
確かに許されぬことだとしても、今度こそ本気で殺されるとしても、やはり確かめずにはいられない……。
どうして、自分達がこうなってしまったのか、なぜ、自分は死ななければならなかったのか……、それを両親に会って確かめたい。
月は立ち上がり、庭へと出て行った。
庭では月の兄である史朗が、剣術の稽古をしていた。
「……史朗兄さん。」
「月……?」
いつもでも優しく、月のことを見守ってくれる史朗……。
これまで何度も、両親のことで史朗を苦しめてきたのだ。その度に史朗は月を慰めてくれた。
それは今でも変わらない。
月は持って来ていた竹刀を突き出す。
「……久しぶりに手合わせをしない?」
月が自分から手合わせを申し出ることは、滅多にないことだ。
「……ああ、かかってこい。」
そしてしばしの間、考えていたことを忘れて、二人は剣を交えあった。
それから数刻が経ち、二人は縁側に腰を下ろしていた。
「疲れてないか 月?」
「ええ、大丈夫よ。」
「それにしても、お前がこんなに剣の才能があったとは、驚きだな……。」
手合わせを始めてから、月は別人のように史朗を打ち負かしていた。
史朗も負けじと打ち込んだが、女相手にこんなに苦戦するとは思ってもみなかった。
「男だったら、大久保様にお仕え出来る、武将になれそうだ。」
「いやだもう~。それ本気で言ってる?」
「ハハハハ……!」
冗談を言って笑いあう二人。
「だが、その才能はあるってことだ。」
「でも結局、兄さんには勝てなかったわ。私の腕では無理。」
「………それで?」
「?」
「それで、俺に話しでもあったんじゃないのか? お前が手合わせを申し出るなど、滅多にないことだからな。」
「…………あのね、兄さん……。私、長州に行こうと思うの。」