抹茶モンブラン
「前、奥さんと赤ちゃんを見たわ。子供授かったみたいで良かったね」

 私は手にしていた卵のパックをカゴにそっと入れながらさり気なくそう言った。

「そうか、もう鈴音には見られてたのか。そうなんだ……思ったより早く授かったから、慣れない事ばっかりの連続だよ。正直子供を持つっていうのは理想していたよりずっと大変でさ……」

 何より子供を授かる事を望んでいた彼が口にする言葉とは思えなかった。

 まあ、私達が駄目になったのは子供がいなかった事だけが原因では無いし、子供を授かっていても、もしかしたら駄目になっていたかもしれない。
 初恋で、他の男性を一切知らなかった私と同じように、私以外の女性を知らなかった俊哉。
 他にもっと自分に合った異性がいるんじゃないか……と、結婚してから思うのはそれほどおかしい事ではなかった。
 私はそれでも俊哉を選んだ自分を信じたかったし、彼と過ごす時間は心地よかったから他の恋を探そう何て夢にも思っていなかったんだけど。

「ずっとこんなふうに再会してしまうのが怖かったんだけど、会ってみたら意外と冷静で、今結構驚いているの」

 私はそう言って、ちょっと苦笑してみせた。
 本当に……、不思議なほど俊哉を前にした私は冷静で、悲しみの一つも浮き上がっては来なかった。
 妙な妄想と雑念に追われていた日々の方がずっとつらかった気がして、私はずっと過ぎ去った過去に苦しめられていたんだと分かった。

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