抹茶モンブラン
「彼が乙川さんを愛してるのも知ってます。それでも……私は彼の存在が欲しい。多分あの人がいたから私は精神をここまで回復できたんです。ベッドサイドで必死に呼びかけてくれた彼の声を覚えています。もうこの世に未練は無いかなとぼんやり思ってた時に、彼の声が私を引き戻してくれました……」

 そうなのだろう。

 かなり大きな事故だったというのは聞いていて、お医者さんも本当は助かるかどうか 五分五分だったと言っていたらしい。
 そんな彼女が光一さんの身も心も欲しいと思うのは分かるし、例え恋愛関係でなくても傍にいてくれるならと思うのは仕方のない事だと分かっている。

 でも、今鮎川さんが私に言ったのは「光一さんとの関係を切って欲しい」というものだった。
 要するに「別れて欲しい……」と。
 二つ返事で「分かりました」とは到底言えない話だし、それに従うのが果たして鮎川さんを幸せにする事なんだろうかという冷静な気持ちもあった。

 誰もが幸せになる道はどこにも用意されておらず、多分私が今から選ぼうとしている道は誰も幸せにならない。
 それでも、用意されているのはその道だけで……他は全部行き止まりか崖になっているのも見えた。

「すぐにはお返事出来ません」

 私は、やっとそれだけ口にした。
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