【B】星のない夜 ~戻らない恋~
「ですが貴方。幾ら、会長の親友の孫娘と言えども、都城は我が社の一社員でしかありませんわ。
怜皇はもっと一族の安寧の為に、政略結婚を……」
「美奈穂、今更何を言っている。
怜皇のフィアンセのことは当の昔に決まっていたことだ。
都城が瑠璃垣に吸収されていなければ、咲空良さんは都城財閥の御令嬢だったよ」
そんな言いあいをしている両親を見ながら、
俺は……恋愛すら自由にならない我が身に、自虐気味に溜息を吐き出す。
全ての食事を終えて、食後の珈琲まで飲み終えると
自室に戻る気もしなくて、そのまま河野に車を走らせてもらって本社の一室へと戻った。
自身の名前のプレートをはめ込んで、
外の人間に研修室の使用者をわかるようにして、ノーパソをゆっくりと開く。
家にいるよりも、外にいる方が気が楽だなんてな……。
プレゼン用の資料をモニターに映し出して、ボーっと見つめながら
婚約者である、少女を思い出す。
最初に出逢ったのは、彼女がまだ三歳の頃。
着物を着せられて、都城の会長と共にパーティーに出席していた。
臆病と言うか、ビクビクと周囲を見渡しながら
都城会長の背中に隠れるような少女。
次に出逢ったのは、学生時代。
悧羅学院の生徒総会と、聖フローシアの交流会のイベントの時。
フローシアの代表生徒として紹介された名前は、
幼い日に紹介されたその名前だった。
周囲の友人たちに慕われ、リーダーシップをとるように
笑顔を振りまきながら、交流会に参加する……成長した少女。
だけどその彼女が、俺を思いだした様子はなかった。
そして、俺の存在が「許婚」なのだと言うことも知った様子は感じられなかった。
あの少女が、瑠璃垣……入るのか。
こんな柵ばかりの一族の仲間入り。
溜息しか出てこなかった。
ふいにノック音が聞こえて、中の電話のコールが鳴る。
「怜皇、居るんだろ。
睦樹だけど、入っていいか?」
「あぁ、鍵あけるよ」
内側から、鍵を解除してドアを開けると
出向先の勤務を終えて、帰ってきた、親友の大東睦樹(だいとう むつき)が姿を見せる。
睦樹とは、悧羅学院時代からの腐れ縁で、俺が一番信頼している友人だった。
「明後日、プレゼンだろ」
「あぁ」
「って怜皇、お前、ここのデーター違ってないか?」
睦樹がモニターに移し出された数値を、手元の資料と照らし合わせながら打ちなおしていく。