【B】星のない夜 ~戻らない恋~
「なら睦樹、後は華京院先輩と、早谷先輩と上手く話せよ。
俺はとりあえず、次の仕事に向かうよ」
「あぁ、怜皇。
わざわざ時間都合してくれて有難う。
明日から、咲空良ちゃんにもまた助けて貰うよ」
「気にするな。
咲空良も好きで出掛けてる。
なかなか家には思うように帰れないが、電話をしたら
紀天と心【しずか】ちゃんの話ばっかりだよ」
「……そうか」
「あぁ。じゃ、また顔出すよ。
それでは、後はお願いします」
医療センターを後にして、そのまま本社へと戻る。
本社には、珍しい人が姿を見せていた。
「お養母さん、こんなところまでお出ましとは
いかがなさいました?」
「私が社に立ち入るのが行けませんか?」
「いえ。
どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」
「結構よ。
私の用事は終わりました。
怜皇さん、瑠璃垣の医療分野への参入。
今までになかったことを、伊舎堂などの力を借りて成しえたのかも知れませんけど、
いい気にならないでちょうだい。
医療分野なら、何も伊舎堂に縋らなくても私の実家でも十分だったはずよ。
何処までも私の顔に泥を塗るのがお得なようね。
まぁ、せいぜい気張りなさい」
そう言いながら俺の前をハイヒールをカツカツと鳴らしながら
歩き去る養母。
そんな養母に向かって、深々と頭を下げる東堂。
「次の仕事まで、部屋で書類に集中する。
時間になったら声をかけてくれ」
東堂に告げて、硝子戸の向こうへと入室すると
俺はそこで黙々と書類に目を通し、承認のハンコを捺印しながら
溜まっていた仕事をこなしていく。
その後も、夕方から会議と、食事会へと顔を出して
夜に久しぶりに邸へと帰宅した。
「お帰りなさいませ、怜皇様」
いつものように木下が俺を迎え入れる。
「咲空良は?」
「咲空良様は、
ただいま自室でお友達のお子様とご一緒に過ごされています」
友達の子供?
まさか……睦樹の子供がうちにいるのか?
慌てて階段をかけあがって、
彼女の部屋の前に立って軽く呼吸を整えてドアをノックする。
「はい」
「ただいま」
ドア越しに声をかけると、慌てて中から足音が近づいてくる。
ドアがゆっくりと開くと、咲空良がお帰りなさいと俺を招き入れた。
その腕には睦樹と心【しずか】さんの第一子である紀天を抱いたまま。
「どうした?」
「今日は睦樹さんは心【しずか】の傍に居たいって言うから。
紀天を一日、預かりたくて。
だけど廣瀬家で生活するって言うのも、二人とも不在の家にお邪魔するわけにはいかないでしょ。
それで……。
ごめんなさい、
怜皇さんに断りもなく決めてしまって」
そう言って謝罪するものの、彼女が子供を抱いて微笑むその姿は
とても綺麗だと感じてしまった。
ふいに泣き出す紀天を手際よくあやしながら、
オムツを交換したり、ミルクを作って飲ませたり。
楽しそうに紀天の世話をする彼女を見つめながら、
心の中が清められていくような気もした。