【B】星のない夜 ~戻らない恋~


それから一週間ほど、俺と咲空良は再び擦れ違いの生活が始まった。



医療センターでの、心【しずか】さんの治療が本格的になって
睦樹は廣瀬の工場の仕事へと集中する。


そんな二人を支えるのに、咲空良は病院と廣瀬の自宅を行き来するようになる。


俺と彼女を繋げる時間は僅かな夜の電話のみ。


話題は……何時も、紀天と心【しずか】さんのこと。

二人の話を聞くのは、嫌いではないけれど……
彼女は自分のことを話したがらない。


心【しずか】さんの為に、必死に俺に頼み事をしてきたものの
それ以外で、俺を強く求めて頼ることはない。


そんな俺の心の隙間を埋めてくれる存在は今も近衛だった。



近衛は心から俺を求めて必要としてくれているのが伝わってくる。

俺が瑠璃垣の次期後継者でなければ……
同じ未来を歩くことも考えられたのかもしれない。


だけど……俺の人生は、咲空良ととあのパーティーの夜に出逢った時から
決められている。


親友【とも】を支えたい。


その思いに、嘘偽りはない。
ただ……心の何処かで、いつも俺自身も救われたいのだと悲鳴をあげる。



そんなある日、仕事を終えて本社へと戻った時、
咲空良が姿を見せる。




彼女は疲れた表情を見せながら、
俺の胸の中に顔を埋めるように抱きつく。


両手を彼女の腰へと伸ばして、
彼女を抱きしめると、咲空良は小さな声で言葉を続けた。



「怜皇……抱いて……。
 心【しずか】が心配で溜まらないの」



そう呟いた彼女の声が、頼りなくて……
俺もその想いに答えるように、深く彼女を抱きしめた。



この温もりが、彼女を不安から解き放てるなら……。




自分自身をなかなかさらけ出してくれない彼女が、
こうして俺を頼ってくれた。


それだけのことが何よりも嬉しくて……
また一つ、彼女のことを受け入れることが出来た。

 
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