【B】星のない夜 ~戻らない恋~



「この病院は咲空良も知ってると思うが、
 睦樹と咲空良に相談されて俺が紹介した。

 開業1ヶ月前にも関わらず、提携企業の関係者を説得して。

 悧羅学院時代から夢だった、提携ビジネスの一つ。
 企業の垣根を越えて結び合うパイプ。

 昔からの夢だった、最初で最後の研究施設だ。
 ここの研究員として働くことは、瑠璃垣に縛られる俺には出来ない。 

 ただこの場所を任せられる存在はいる。

 家の柵に縛られて、一族のレールだけを歩き続けていた俺が
 俺の意志で成しえたかった在り方。

 それがこの場所だった」

「この医療センターと研究施設は怜皇さんの夢の場所?」

「あぁ。
 後は……俺を可愛がってくれた婆ちゃんが癌で亡くなったからな。 

 手術をするには癌が広がりすぎてて、放射線治療を受けることになったものの
 その当時の放射線治療は、ピンポイントでする技術がなくて、健康な臓器も傷つけてしまった。

 だから……ピンポイントで粒子線を照射して癌を消滅させられる施設が、日本に沢山出来たらなぁーって。
 一部には、そう言った施設もあったけどまだまだ少ない分野だからな」

「粒子線?」

「あぁ、癌治療の最先端医療になると思っている。
 
 陽子線治療と炭素イオン線治療。
 この二つの医療を同時に行える施設。
 
 それぞれに設備費は重粒子線で約120億、陽子線で80億。
 保険は適用されず一回の治療に300万ほどかかる。

 
 癌治療の最先端ではあるが、それでも不得手な分野が存在するのも確かなんだ……。
 医療は完璧じゃない」


「だけど……心【しずか】ちゃんは強いよ。
 彼女、睦樹にこう言ってたらしい。

『私は多分、また再発する。
 春の医療センターでの治療に意味がなかったとは思わない。

 あの時、確かに私の癌は綺麗に消えて消滅してたけど
 それでも一時のこどたと思うから。

 この先、私が再発したら子宮を全摘して、抗がん剤も頑張るから。
 少しでも長く紀天の傍に居たいから』って、
 
 彼女は睦樹に話してたみたいだよ。


 だから……粒子線の治療が出来ない以上は、この医療センターに留まり続けることは出来ないけど
 それでも華京院先輩が、引き続き先輩の一族が経営している病院で治療を受け持ってくれることになってる。


 だけど……彼女の病気はもう完治は望めない。
 それもまた睦樹も彼女もその事実を受け止めたうえで、望むままに行動してる。

 だから咲空良は何も心配しなくていいんだよ」
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