【B】星のない夜 ~戻らない恋~
白衣を身にまとった医療スタッフが瞬く間に病室に駆け込んできて、
私は紀天を抱きしめたまま促されるように病室を後にする。
刻一刻と迫ってくるその日を彷彿させるようで体が震えて止まらなかった。
こんな状態の心【しずか】にまで甘えてる私が居る。
だけど……今、心【しずか】の前から離れることも出来なかった。
どれだけ目を背けようとしても、心【しずか】に残された命が
少ないことは目に見えてわかるから。
紀天を抱く力も無意識に強くなってしまってたみたいで
廊下で大声で泣き始める紀天に我に返った。
「咲空良ちゃん……」
背後から名前を呼ばれて振り返った私。
姿を見せたのは睦樹さんと……怜皇さん……。
「顔色悪いよ、咲空良ちゃん。
心【しずか】の為に無理させてしまってるね。
ほらっ、紀天かして。俺が宥めるから」
促されるままに紀天を睦樹さんに預けると
手慣れたように紀天をあやしていく。
「うーん、オムツかな。
ちょっと濡れてるよね。
ママは大丈夫だから、ちょっとパパとお出かけしようね」
優しい声をかけながら、
その場から紀天を連れて離れていく睦樹さん。
「近くを通りかかったからな。
心【しずか】ちゃんは?」
「入院する前の方が元気だったような気もする……。
抗がん剤治療をやってた時間は、凄く辛そうだった。
髪の毛も抜けちゃったのに、心【しずか】穏やかに笑うの。
『それで少し長く、紀天の傍に入れるね』って」
「そうか……でも咲空良も辛かったな。
今日は睦樹に任せて、少し帰って休め。
もう少し時間がある。
食事をして、邸まで送り届ける。
だからゆっくりと休め」
何時も葵桜秋にばかり譲ってしまう二人の時間。
久しぶりに中身の濃い会話が出来た気がした。
そして怜皇さんの、優しさに気が付く。
そんな些細な発見がとても嬉しかった。
二人の距離が少しずつ縮められていく気がして。
その日はそのまま二人で病室を後にした。
怜皇さんの行きつけの料亭で、二人で過ごした晩御飯。
その後、私を邸まで送り届けて怜皇さんは仕事に戻っていった。
怜皇さんの一言、一言に気が付いたら心が弾んでる私が居る。