【B】星のない夜 ~戻らない恋~
ずっと……その時を待ち続けてた。
基礎体温を測り、
自身の周期を手帳に記入しながら……。
排卵日。
結ばれる運命なら……
神様は、私に味方してくれる。
「葵桜秋、君は……」
彼が私の名を紡ぐその声が好き。
彼が私の体に触れるその指先が好き。
「怜皇さまは、結婚されてしまう。
どんな形にしても私の手の届かない存在になってしまう。
だから……最後の想い出を。
貴方を私の中に深く刻み込んで、この想いを咲かせて」
縋るように、自ら手をひいてベッドに倒れ込むと、
怜皇さまを引き寄せて唇を重ねる。
最初は抵抗していた怜皇さまも、ゆっくりと力が抜けてきたのか、
その後は……主導権を握って私を翻弄し続ける。
これまでの淡白な形だけのものではなくて、
咲空良としての私にするように、相手を思って労りながらの行為。
同情なのかも知れない。
懺悔なのかもしれない。
だけどそんなことはどうだっていい。
今の私に重要なのは、今、葵桜秋としての私に
怜皇さま自身を近く刻み込んでくれていると言う確かな証。
そして……引き返すことの出来ない
最後の賭け。
一晩中、私の想い出づくりに付き合うように
体を重ねてくれた怜皇さまは、明け方、私が目が覚めた頃にはすでに姿がなかった。
腹部に感じる痛みに余韻を感じながらも、
彼の香りが残るシーツを引き寄せて裸体に巻き付かせると、
もう少し眠りについた。
これで……怜皇さまの子供が私に宿れば……私の勝ち。
咲空良が奪っていった大切なものを
今度は私が咲空良から奪ってあげる。
次に目が覚めたのはお昼頃。
無断欠勤してしまった私は、
慌てて携帯から職場に連絡を入れる。
プロジェクトが終わって、気が緩んでしまったみたいで
熱が出て動けないんです。
口から出まかせで紡いだ言い訳とはいえ、
昨日の後の体のけだるさが、演技を後押ししてくれる。
『無理をしないで休みなさい』
そう告げられて、電話を切った私は
ゆっくりと、着替えを済ませて
お腹にそっと手をあてながら話しかける。
貴方は……私と怜皇さまの愛の証。
生まれてきなさい。
そして私を幸せにして……。
心の中で何度も念じながら、
ホテルを後にして、マンションへと戻った。
自室のベッドに転がりながら、
咲空良の携帯番号を表示させる。