【B】星のない夜 ~戻らない恋~

36.抱きしめた夜 -怜皇-


3月20日。

睦樹の最愛の奥さんであり、咲空良にとっての親友である
心【しずか】さんが亡くなった。



その日から、睦樹と咲空良さんが気にかかって仕方がない。


忙しなく仕事をこなしながら、
二人の状態を気遣うようにして過ごす。


心【しずか】さんが亡くなった後も、
紀天の傍に居たいと、咲空良さんは廣瀬家へと向かう。


睦樹の自宅の家事をした後、紀天と一緒に時間を過ごす。




心【しずか】さんがずっと、撮影して作り続けたビデオレター。

それらを時が来るまで、保存するのにわかりやすいように
整頓をしておきたいのだと彼女は告げた。


いつも傍に入れるわけではない俺はそれならば瑠璃垣の屋敷に閉じ込めるよりは、
睦樹と紀天の傍に居させる方が二人の方も安心なような気がした。



夜になったら廣瀬家へと向かって、
廣瀬家のの家族と共に、俺と咲空良は夕食を頂く。





こうなって初めて、咲空良の手料理と言うものを食べた気がした。




紀天の離乳食も、インスタントを使わずに丁寧に
自分で作っていく咲空良。



彼女の傍には、いつも心【しずか】ちゃんの写真が額に入って飾られていて
二人で一緒に子育てを楽しんでいるような錯覚も感じてしまう。



日中は、紀天と睦樹がいる手前か、ピンと張りつめている彼女の心も
夜になったら崩壊してしまうのか、何度も部屋から彼女を偲んで泣き続ける声も聞こえた。




そんな彼女の部屋を訊ねて、俺はただそっと抱きしめることしか出来なかった。


いやっ、違う。
心から彼女抱きしめて、守ってやりたいと思うようになってた。





養母の言葉なんてどうでもいい。


会長に言われたから、遺言だったから……
そんな柵など全て取り除いて、
俺自身が、彼女と同じ月日を重ねたいとそんな風に思うようになった。






そしてその思いを父に話したとき、
父は俺の想いに心から祝福してくれた。




父のようになりたくない。

尊敬する部分もありながら、女性面では
母を裏切った父を軽蔑していた俺が……何時の間にか父と同じ道を辿って
迷走しながら辿り着いた道。


あのプロジェクトの最後の日以来、近衛とはあっていないし、
近衛のこともしかるべき部署へと出世させて異動させた。




新しい一歩を俺自身も踏み出したい。
そんな風に思っていたある日、咲空良から電話がかかった。



俺を捕まえるために本社へと電話をかけ、
自らの身元を告げた。


その後、彼女はこう告げた。


*


「今日の夜、ディナーの約束をしてるんだけど
 待ち合わせ場所を、寝ぼけてて忘れてしまって。

 彼が最後に商談する料亭は何処だったかしら?」


*

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