【B】星のない夜 ~戻らない恋~
無論、そんな約束などしていなかったし、
彼女にとっては、必死の行動だったのだろう。
どれほどに自分自身わ奮い立たせた行動か
想像しやすかった。
秘書室の宮野から東堂の携帯へ連絡が入った俺は、
料亭羽山へと向かう。
取引先の社長令嬢を含んだ八人もの人物が、
次々と車を料亭前に停めて、建物の中へと入っていく。
そこにまだ、咲空良の姿はないように思えた。
「怜皇様、あちらに咲空良様が」
東堂の言葉に驚いたように視線を移すと、
そこにはただ、ショックを受けたように立ち尽くした彼女。
「咲空良……」
彼女の方へと歩み始めると、立ち尽くしていた彼女が
俺の方に真っ直ぐにむかってツカツカと歩み寄り、
次の瞬間、バチンと平手が飛んできた。
「ごっ……ごめんなさい」
「東堂、後のことは頼む。
咲空良、こっちに来なさい」
俺は彼女の腕を強引に掴んで車の中へと連れ込む。
普段は滅多に運転すことのない俺だが、
今日ばかりは、今から行きたい場所に、連れて行って貰うわけにはいかない。
俺自身の隠れ家にも似たその場所。
【priere de l'ange】
ブリエール ド ランジュ
母の店であるその場所へと自らの運転で移動を始めた。
「いらっしゃいませ」
「ご無沙汰してます」
「えぇ、どうぞ今宵はお寛ぎください」
茂さんさんがカウンターの中からあたたかく迎え入れる。
そんな彼に、軽く挨拶をして
俺はカウンターへと座った。
咲空良もその隣に誘導する。
「いつもの」
俺がオーダーを告げると同時に、
茂さんが流れるように、ゆっくりと動作をはじめる。
「お待たせ致しました。
エクストラ・ドライ・マティーニです」
「彼女にも何かを」
茂さんのお任せで頼むと、
すぐに可愛らしい色のカクテルが用意された。