【B】星のない夜 ~戻らない恋~
お腹を庇いながら、
叩かれるのを覚悟して目をつぶる。
身を縮める私に、父の手は飛んでこなかった。
「お父さん、そんなことして何になるの?
葵桜秋のお腹にはもう赤ちゃんが居るのよ」
お母さんがお父さんを宥めて私にゆっくりと向き直る。
「葵桜秋、どういう事かきっちりと説明してくれるわね。
そのお腹の中の赤ちゃんの父親は誰?」
お母さんは私の体を解放するように両手で介助しながら、
ゆっくりと椅子に座らせてくれる。
お父さんもまた不機嫌そうに椅子へと腰かけた。
「ごめんなさい。
私も軽はずみだったとは思うの。
でも……今は宿ってしまった大切な命だから
私はこの子の母親として精一杯育てたいと思ってる」
お腹に手を添えながらゆっくりと言葉を続ける。
ママに勇気をちょうだい。
これで……全てを勝ちとれたらアナタはパパに堂々と
抱っこして貰うことが出来るから。
「黙って聞いて……この子の父親は瑠璃垣怜皇さんなの」
「瑠璃垣怜皇?
彼は咲空良の婚約者だ。
お前は咲空良の婚約者と知りながら関係を持っていたのか?」
黙って聞いてって言ったにも関わらず、
感情的に声を荒げるのはお父さん。
「あのねー……私と咲空良って、
一卵性双生児でお父さんやお母さんにも、
見分けがつかない時あるでしょ。
親戚だって、お父さんの職場の人だって
お母さんの友達だって、見分けつかなかったじゃない。
だから小さい時から何度も咲空良に頼まれて入れ替わってたの」
そう告げた言葉に、二人とも絶句したように
お互いの顔を見合わせて押し黙った。
「高校生の時、聖フローシアの生徒会をしてた
咲空良が神前のダンスパーティーに参加したことあったでしょ。
ドレスを選んで、大騒ぎしてたじゃない。
でも結局、あのドレスを着てあのパーティーに
咲空良として出席してたのも私。
咲空良が望むから入れ替わりをしてたら
ドキドキもしたし、咲空良も喜んでくれたから。
周囲を騙すことに罪悪感はあったけど、
それでも、ドキドキを楽しむのが快感だったの。
そしてその時、私は怜皇さまに恋をした。
その後も何度も、咲空良が望むままに入れ替わって
学校の交流行事を行ったわ。
だけど……大学を卒業した春、
咲空良が怜皇さまの婚約者になった時、私はちゃんと身を引こうと思ったの。
だけど……咲空良はまた私に入れ替わりを強要した。
その日から、仕事の時は葵桜秋として
同じプロジェクトチームの一員として働いて、
夜は咲空良の代わりを務めた。
駄目だって何度も言い聞かせようとしたけど、
一度解放してしまった気持ちは自分ではどうすることも出来なかった。
咲空良が望んだ入れ替わりがこんなことになってしまった。
瑠璃垣の家には迷惑はかけられないけど、
せっかく宿った命だもの私、この子を産みたい……。
だから……せめて、 誰にも祝福されないかも知れないけど
お父さんとお母さんにだけは真実を知って欲しかったの。
このお腹の中の命は咲空良によって運命を狂わされた
可哀想な子なんだって」
そう言いながら私はオーバーに泣き崩れる。