【B】星のない夜 ~戻らない恋~
初めて感じた、葵桜秋からの力強い拒絶。
とぼとぼと、肩を落としながら
応接室に姿を見せた私は、
そのまま、あの大きな車へと乗るように指示された。
運転手がドアの前に立って
お辞儀をしながら、車に乗るのを手助けしてくれる。
振袖の袖を丁寧に畳む手が震える。
私を囲むように乗り込んだ、
メイド服の女性と、キャリアウーマン。
「それでは、咲空良様の荷物は
後ほど業者のものが取りに伺います」
それだけ告げるとゆっくりとドアが閉じられた。
運転手が運転席に乗り込むと、
車のパワーウィンドウがゆっくりと下がる。
「咲空良さん、ちゃんと瑠璃垣さまの言うことを
しっかりと聞くのよ」
滅多に子供の事を『さん』をつけて
呼ぶことのない母の声がかすかに聞こえる気がする。
「宮野、車を出しなさい」
キャリアウーマンの声が車内に響くと、
パワーウィンドアがゆっくりと上昇する機械音が聞こえる中、
車は静かに走り出した。
高級車が似合わない一般住宅街。
長い時間停車した、
真っ白なリムジンは、見物客を集める。
両側から覗きこむように視線を浴びせる
ギャラリーたちを視界にとめながら、
下を向く。
泣くに泣けない……。
こんなのってないよ。
私の手にあるのは、
小さな着物用のバックが一つ。
中に入っているのは、
財布と携帯電話とハンカチ・ティシュくらい。
瑠璃垣の邸宅につくまで私は車内でも一言も
言葉を発することが出来なかった。
過度なストレスからか、胃の痛みだけが私の意識を
繋ぎとめつづけていた。