【B】星のない夜 ~戻らない恋~
「どうした?そんな思いつめたような顔をして。
最近、瑠璃垣には帰ってなかったみたいだな。
マンションに行ったら、思えが過ごした形跡があった」
「何だよ、形跡って。お前がくれた合鍵だろ」
「まぁな、心、公認の隠れ家だからな。あの書斎は」
「お前の方は、少し元気になったみたいだな」
「そうだな。今も心【しずか】が居なくて寂しさを感じることもあるが、
紀天は手がかかる。咲空良ちゃんが今は手伝ってくれないから、
毎日がてんてこ舞いだよ」
そう言いながら、睦樹は用意したお茶を俺の前に出した。
「お茶で悪いな。今、酒きらしてて。
それに今日は……酒じゃない方がいいような気がしてな。
何かあったんだろう、怜皇」
そう言うと真っ直ぐに向き直るように睦樹は座った。
「結婚することになった」
「おぉ、そりゃお目出度い。
相手は咲空良ちゃんだろ、心【しずか】が喜ぶよ」
そう言った睦樹の言葉に、俺は首を横にふる。
「結婚相手は都城咲空良だが、俺が妻として迎え入れるのは
都城葵桜秋。
咲空良の妹だよ」
その言葉に睦樹は体を起こして、俺の胸倉を掴む。
「知らなかったんだ……。
都城葵桜秋は、名前をかえて、近衛葵桜秋として
俺の部下としても存在した。
プロジェクトメンバーの一員としても活躍してくれたし、
咲空良と上手く行ってない時、夜の関係も持ってた。
だけどそれ以外にも、出逢ってたんだ。
何度か咲空良に、外に呼び出されたことがあった。
邸では息苦しいと訴える咲空良の想いに答えるように、
俺はホテルで咲空良と一夜を過ごすこともあった。
咲空良と信じて過ごしていたその存在が、咲空良と入れ替わって一緒に俺と過ごしていた
葵桜秋だと知らされた。
彼女は今、俺の子を身ごもっている……」
そこまで話した俺に、睦樹は胸倉をきつく掴んでいた手をはなして
その場に脱力したように椅子へと座りこむ。
俺の体もそのまま引力に引き寄せにられるように床へと倒れ込んだ。
「なんでこうなるんだよ。
せっかく……お前と咲空良ちゃんの幸せを、心【しずか】と一緒に
祝福してやるって思ってたのに」
「八月に結婚式が決まった。
咲空良として俺の隣に立つのは妹の方だ。
咲空良はこれから、妹の名で生活することになるが
俺はアイツに逢うことなど出来ない。
取返しのつかないことをした俺が最後にしてやれるのは、
睦樹と紀天に彼女を頼むことくらいだ。
俺が出来ない分、彼女を支えてやってくれ。
これからの時間、都城の家でも彼女の居場所が失われるだろう」
それだけ告げると重怠い体を引きずるようにして、廣瀬家を後にする。
書斎にも今日は戻れない。
priere de l'ange(プリエールデランジュ)へと自然と足を向ける。
今は俺自身を激しく馬頭して罵ってくれる、
そんな存在が欲しかった。
裏切られた想い、裏切った想い。
複雑に絡み合う思いは、俺を闇の中へと深く突き落としていく。
親族へのお披露目会・懐妊の報告。
そして結婚式の準備に当日。