【B】星のない夜 ~戻らない恋~
えっ?
何?
縛りつける……。
感情の中に湧き上がった醜い思いに悍ましさすら覚える。
私は……怜皇さんを縛りつけたいの?
葵桜秋が私からあの人を奪ったみたいに……。
汚い感情に蓋をするように、
必死にその先を考えないようにする。
独りの時間はいろんな魔物が溢れてしまいそうで
一度、食われてしまったらもう、
自分自身の制御も何も出来なくなりそうで
怖くて仕方がなかった。
葵桜秋のクローゼットを開けて出かける準備をする。
街の中に飛び出してしまえば、
人が多くいるところに、魔物は出ないかもしれない。
何でもいい。
少しでも、怜皇さんを見つめられる場所に
行って見たかった。
そして知りたかった。
怜皇さんが本当に好きになって結婚したかったのは、
私なのか、葵桜秋なのか。
怜皇さんに愛されたって言う確証が欲しかった。
この先の未来、私はあんなに優しい時間を
甘い時間を過ごすことなんて出来ないような気がして。
自分の心の中には、いつも怜皇さんが居続ける。
その気持ちを押し殺して、好きでもない人と強引にお見合いされて
結婚させられて、親は安泰だーっとか何とか言って勝手に喜んで。
そして……ただ嫌悪感が残るだけの体の繋がり。
その度に、怜皇さんに触れられた感触を
穢されるみたいで、苦痛だけが広がる。
それが今の私が描いてしまう末路。
そうやってネガティブに思ってしまえば思ってしまうほど
吐き気が押し寄せてくる。
瑠璃垣の本社が望める向かい側のショッピングセンターの喫茶店。
そんな喫茶店で、紅茶を飲みながらエントランスの方を見つめる。
大きな硝子戸の自動ドア。
何度も開いたり、閉まったりを繰り返しながら
小粒に見えるスーツ姿のビジネスマンたちが働き蟻の動き回ってる。
咲空良として、あんなにも怜皇さんの傍に堂々といられた時間。
一度くらいは中の様子も見てみたら良かった。
だったら……この大きな建物の中、
怜皇さんが何処にいるかわかったはずなのに。
鞄の中にはオペラ鑑賞などで使ってた双眼鏡。
双眼鏡を手にして、向かい側のビルを眺めてる私は絶対に怪しい人。
それなのに……一目会いたいと望む気持ちが揺らぐことはない。
どれだけ見つめても見つからなかったその人の姿を
双眼鏡が捉えたのは直後の事。
秘書の東堂さんを連れてビルの中から颯爽と歩いて出てくる。
隣に居る会社関係の人たちと、打合せなのか、言葉を交わしながら
足を進めていく。
中央前に停車させてある大きなリムジンに体を滑らせると、
車は双眼鏡で捉えられる範囲から姿を消してしまった。
久しぶりに見た怜皇さんに心がときめいた。
今も私はあの人が好き。
車に乗り込む間際、彼が空を一瞬見上げた。
ただそれだけの仕草なのに、私の方を見てくれたような
錯覚すら覚えた。
そのまま椅子から動くことすら出来なくて、
私は双眼鏡を鞄に片づけて、窓からボーっと瑠璃垣のビルを見つめていた。
あんなに普通だったあの場所が今はもう私のポジションではない。
あんなにも愛しい人の傍で、得意げに悪魔の微笑みをするのは葵桜秋。
私の名を語る私の双子の妹。
「あれっ、葵桜秋じゃない?」
ふとボーっとビルを見つめている私の肩に触れる存在。