【B】星のない夜 ~戻らない恋~
5.不安の先の世界-葵桜秋-
結婚するまでの方が幸せだった。
八月の結婚式から二ヶ月が過ぎようとしていた。
あんなにも苦しかった時間の方が
今は輝いて見えるのはどうして?
葵桜秋の名を捨てて、咲空良として生き始める方が
幸せな未来が過ごせると思ってた。
だけど……咲空良として挙げた結婚式は私の中では、
何だか偽りっぽくて沢山の人に祝福されても届かない。
外出先では、咲空良として妻として大切に
エスコートしてくれる怜皇さま。
だけどプライベートでは、
怜皇さまと過ごすことはなくなった。
広い寝室、広いベッド。
ただ一人、過ごす空間。
あのホテルの一室、何度も何度も肌を重ねた
その感触が今も忘れられない。
葵桜秋としての私と交わる時の、
少し乱暴な怜皇さますら今では懐かしく思えてしまう。
なのに……思い描いた未来と現実はあまりにも違いすぎて、
怜皇さまとの時間が離れれば離れるほど不安が大きく広がっている。
今も私に内緒で咲空良である葵桜秋と、
ホテルで通じているような気がして。
私一人、蚊帳の外に放り出されているように思えて。
確実に大きく膨れているお腹。
時折、張るようになったお腹。
きつかった悪阻。
その時すら怜皇さまは私を気遣う姿勢を
見せることはなかった。
私を気遣うのは、そう……
パートナーとして外に連れ出しているその時だけ。
そんな彼を見る度に悔しさに唇を噛みしめる。
口の中に広がる鉄臭さ。
表向きは笑顔を必死で作りながら、
煮え切らない思いが心の中を駆け巡っていく。
それでも……嫌いになれない。
最低な人だと思うことが出来たのに、
あの夜の優しさを知っている私は彼から離れることすら出来ない。
何が偽りで、何が現実かすらぐちゃぐちゃになってしまった今を
ただ、彷徨うように出口【幸せ】を探して歩いてる。
私の未来を守ってくれる
確かなものは、お腹の中のこの子だけ……。
瑠璃垣咲空良となった私が彼の妻として出産する、
将来の跡取りを約束された第一子。
それなのに……彼には、
この子すらどうでもいいように感じてしまって。
もっと私を見て欲しいの。
私たちを気にかけて欲しいの。
受け止めて欲しいの。
望む想いも、求める思いも全ては、幸せの家庭を守りたい。
それ一つなのに……。
「花楓、電話を取って」
身重の体を強調するように、使用人を呼び寄せて電話をかける。