【B】星のない夜 ~戻らない恋~
6.許婚の引っ越し 養母の企み -怜皇-
雛祭りの翌日、俺は睦樹と共に計画してきた
プレゼンを終えて、ようやくほっと一息をつきながら
後半前の休憩時間を迎えていた。
「お疲れ様でした。
怜皇様、奥さまより何度かお電話がありました」
秘書である、藤堂が近づいてきて用件を告げる。
「あぁ。すまない」
「あちらに珈琲をご用意していますが、
いかがなさいますか?」
「そうだな。貰おうか」
「かしこまりました。
お疲れのご様子でしたので、少し甘いものもご用意しておきました」
「有難う」
藤堂が誘導するままに、その後ろをついて
別の会議室の一角に用意された、お茶会スペースで香り高い珈琲を楽しむ。
「今回のプロジェクトはいかがですか?」
「そうだな。今朝のプレゼンでは十分に手応えは感じられたよ。
後は後半の発表次第だな。
だが通ると信じているよ」
「それは宜しゅうございました」
藤堂は嬉しそうに微笑んだ。
ふいに藤堂がスーツのポケットから携帯電話を取り出す。
液晶画面を確認して、すかさず俺の方へと携帯を手渡した。
「もしもし」
「ようやく繋がりましたね」
「何度かお電話を頂きながら、申し訳ありませんでした」
「構いませんよ。
今日は怜皇さんにとって大切な日だと言うことは 存じています。
ですから、私が貴方の代わりに都城咲空良さんのことは取り仕切りますわね」
養母の口から出た許婚となった存在の名前が飛び出して、
緊張が走る。
「忙しくて貴方には、咲空良さんに割ける時間などないでしょう?
そちらに、藤堂はいますね。
今から藤堂に、都城家まで咲空良さんを迎えに行かせなさい。
迎えは私の車で
本社前で、今私の運転の松村がメイド頭の木下【きのした】と共に
待機しています。
ですが私は、今回の婚約認めていません。
貴方は怜皇の代わりに、怜皇としてこの家を守って貰わねばいけません。
ですからあんな一社員の小娘と婚約など……。
花嫁修業としての名目で、瑠璃垣に迎え入れ、当家に相応しくないと追い詰め、
自ら逃げ出していくように仕向ければ、会長の顔もたつでしょう。
怜皇さん、貴方もそのつもりで。
私は瑠璃垣を守りたいの」
養母は用件だけ一方的に告げると、通話は途切れた。
瑠璃垣の為に……彼女を利用して傷つける?
傷つけるだけで迎え入れる存在なら、
最初から、婚約を破棄して白紙に戻せばいいだけだろう。
その事実を彼女に伝えなければいいだけだろう。
万が一、彼女も知っているのであれば
迎え入れる前に白紙になったことを告げれば、傷も浅くて済むはずなのに……。
唇を強く噛みしめながら、
心の中は、養母に対する憎しみに支配されていく。