【B】星のない夜 ~戻らない恋~




怜皇さまは、私が居る側とは逆側の階段を上りながら
夜の廊下を自室へと歩いて行く。


シーンとした屋敷内に広がる彼の声は、
聴きたいと望む私の耳は確実にとらえていく。



『あぁ、わかってる。
 咲空良を頼む』



それ以上を聞き取ることは出来ぬまま、
ガチャリとドアが開かれて怜皇さまは自室へと消えていく。





シーンと静まり返った暗闇。
途端に震えが走る体。




今も怜皇様は咲空良と繋がってる?


咲空良を頼む?




今も咲空良は怜皇様と繋がってる。


私が怜皇様で満たされない間も、
咲空良は怜皇様で満たされて幸せな時間を過ごしているのね。


私がこんなにも辛い目にあっているのに。


それに……もしあの二人が付き合っているのだとしたら、
咲空良に子供が出来たら、お腹の中の子はどうなるのよ?

この子の存在を脅かす子供。
私の存在を脅かす子供。



そんなの耐えられないわ。

彼を失うかもと思うだけで、
体の内側から凍てついていく感覚。



嫌っ。





そのまま食事も何も忘れて自分の部屋に引き返す。





守らなきゃ。
咲空良なんかに私とお腹の子の未来を渡すなんて出来ない。



怜皇さまは今も咲空良が好きなのよ。
どれだけ咲空良の名前を名乗っても私は咲空良じゃないわ。

どんなに存在を誤魔化して、
元の名前を捨てたとしても私は葵桜秋だもの。


それを知らない間の怜皇は区別も何もつかなかったから、
だから優しくしてくれた。


それを知った今……だから彼は冷たくなったのかもしれない。



彼が愛しているのは咲空良。


どれだけ求めても彼の心に私が入り込むことなんて出来ないの?


こんなに貴方を求めて、
愛していても……私の想いは彼には伝わらない。


彼には届かない。
彼は今も……私に内緒で咲空良に逢ってたのよ。


咲空良も私に隠れて葵桜秋として怜皇に逢っていた。
二人して私を小馬鹿にして笑ってたのよ。

そう思いながら眠れぬままに過ごした夜。



明け方、私は覚悟を決めたように部屋を抜け出す。



真っ赤な血の色のような口紅を差して。

タクシーを捕まえて向かったのは実家。
咲空良を殺すしかない。

私とお腹の子の存在を脅かす全てを消すしかない。

そんな想いを秘めて。


実家のベルを鳴らすと朝からびっくりしたように
私を迎えてくれた両親。




「あらっ、咲空良。
 どうしたの?」

「もうすぐ臨月だろう?
 お腹の子は順調なのか?」


そうやって話しかけてくる両親に、
私はにっこりと笑いかけて言葉を続ける。



「葵桜秋は居る?

 あの子が妊娠したって聞いたの。
 しかも私の旦那の子を」




妊娠したなんて話は実際に聞いていない。

だけど……両親にはそれくらいはっきりと伝えておく方が、
世間体を気にして私の味方になってくれるかもしれない。


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